抗体医薬のLC-MSキャラクタリゼーション ― 同じ1本の抗体を76研究室が測ったら、見つけた糖鎖は4個から48個だった【2026年版】
質量分析

抗体医薬のLC-MSキャラクタリゼーション ― 同じ1本の抗体を76研究室が測ったら、見つけた糖鎖は4個から48個だった【2026年版】

ICH Q6B は「不均一性のパターンを定義し、恒常性を示せ」と求める。個々の分子種を評価しなくてよいのは、 パターンが一定だと示せた場合だけである。ではそのパターンは、どれくらい揃うのか。NIST の標準抗体 NISTmAb を 76 の研究室が測った結果、検出された糖鎖組成の数は 4 個から 48 個まで、12 倍ひらいた。派生属性の9項目のうち 6項目で、四分位範囲が中央値そのものより広かった(筆者計算)。そして「コアフコシル化」のコンセンサス中央値は 103.95 % ―― 割合なのに 100 % を超えている。日本薬局方はペプチドマップ法・タンパク質の質量分析・糖鎖 プロファイル法をすべて備えているが、それらは「参考情報」にあり、告示(2549 頁まで)の外にある。さらに厄介なのは、 測るための前処理そのものが脱アミド化・酸化・Asn→Asp を作ることだ ―― 局方自身が3か所でそう書いている。

抗体医薬の品質を「測る」とはどういうことか。ICH Q6B は、こう書いている。

The manufacturer should define the pattern of heterogeneity of the desired product and demonstrate consistency with that of the lots used in preclinical and clinical studies.(製造業者は、目的物質の不均一性のパターンを定義し、非臨床・臨床試験に用いたロットとの恒常性を示すべきである)

そして、その見返りとしてこう続く。

If a consistent pattern of product heterogeneity is demonstrated, an evaluation of the activity, efficacy and safety (including immunogenicity) of individual forms may not be necessary.(恒常的なパターンが示されるなら、個々の分子種について活性・有効性・安全性を評価する必要はないかもしれない)

個々の糖鎖やバリアントを一つずつ評価しなくてよいのは、「パターンが一定だ」と示せた場合だけである。つまり抗体医薬の品質保証は、パターンを測る能力の上に乗っている。

では、そのパターンはどれくらい揃うのか。

米国 NIST が配布している標準抗体 NISTmAb を、76 の研究室が測った。産業界・大学・研究機関・政府・病院、ヨーロッパ・北米・アジア・オーストラリアから、103 報告が集まった。同じ 1 本の抗体である。

結果はこうだった。

the diversity of results was enormous, with the number of glycan compositions identified by each laboratory ranging from 4 to 48(結果の多様性はすさまじく、各研究室が同定した糖鎖組成の数は 4 個から 48 個にわたった)

12 倍である。

この記事の読み方

本記事の読み進め方を示す図。入門者は1〜4節で何を測るか・なぜ低分子と違うかを、すでにバイオ医薬品を扱っている読者は5〜7節の室間比較の実数値と10〜12節の前処理が作るアーティファクトを読む
図解:入門者は 1〜4 節から。実務者は 5〜7 節と 10〜12 節が中核。
  • 入門者:1〜4節で「抗体医薬では何を測っているのか」「なぜ低分子と話が違うのか」を押さえてほしい。専門用語は初出時に補足する。
  • すでにバイオ医薬品を扱っている方:5〜7節(室間比較の実数値と筆者計算)、10〜12節(前処理が作るアーティファクト)が本記事の中核。
  • 数値はすべて出典の原典を開いて確認した。筆者が計算・集計した数値には「筆者計算」と明記する。

1. 日本薬局方は、抗体医薬の測り方を持っている ― ただし「参考情報」に

日本薬局方における抗体医薬の測定法の位置づけを示す図。JP19 の中に抗体医薬を測る章は存在するが、それらは「参考情報」に置かれている
図解:測り方は在る。ただし置かれている場所が違う。

まず日本薬局方(JP19)を見よう。抗体医薬を測るための章は、実は充実している。

番号 収載場所
ペプチドマップ法 〈G3-3-182〉 参考情報 G3. 生物薬品関連
ぺプチド及びタンパク質の質量分析 〈G3-4-161〉 参考情報 G3
単糖分析及びオリゴ糖分析/糖鎖プロファイル法 〈G3-5-170〉 参考情報 G3
等電点電気泳動法 〈G3-6-142〉 参考情報 G3
バイオテクノロジー応用医薬品の品質確保の基本的考え方 〈G3-1-180〉 参考情報 G3
タンパク質のアミノ酸分析法 〈2.04〉 一般試験法

抗体医薬に固有の測定法はすべて参考情報にあり、一般試験法にあるのは〈2.04〉アミノ酸分析法だけである(筆者確認)。

この違いは、飾りではない。JP19 のすべてのページに、次の一文が印刷されている。

日本薬局方の医薬品の適否は,その医薬品各条の規定,通則,生薬総則,製剤総則及び一般試験法の規定によって判定する.(通則5参照)

このリストに「参考情報」は入っていない。しかもこの注記は、参考情報のページにも同じように印刷されている ―― 参考情報自身が「適否は一般試験法で判定する」と宣言しているのだ。

2. 告示に入っているのは 2549 頁まで

厚生労働省告示第193号の範囲を示す図。告示は「通則」から「参照赤外吸収スペクトル」の 2549 頁までで、参考情報は 2588 頁から始まり告示の範囲の外にある
図解:参考情報は 2588 頁から ―― 告示の範囲の外にある。

もう一段はっきりした証拠がある。JP19 を定めた厚生労働省告示第193号(令和8年4月10日)の冒頭には、こう書かれている。

(なお、「次のよう」とは、「通則」から始まり、「参照赤外吸収スペクトル」(2549頁)までをいう。)

一方、参考情報の G3 生物薬品関連は 2588 頁から始まる(ペプチドマップ法は 2598 頁)。

参考情報は、告示の範囲の外にある。法的な意味での「日本薬局方」に含まれていない。

⚠️ 誤解しないでほしい点:参考情報が無価値という話ではない。ペプチドマップ法〈G3-3-182〉には「本試験法は,三薬局方での調和合意に基づき規定した試験法である」と明記されており、日米欧で内容が揃えられた、質の高い技術文書である。本記事もこの後さんざん引用する。ここで言いたいのは、それが「合否を決める根拠」としては置かれていないということだ。合否は各条(個別の医薬品ごとの規定)が決める。

低分子医薬品なら、JP19〈2.58〉粉末X線回折の「2θ は 0.2° 以内」や〈2.66〉元素不純物の PDE のように、一般試験法の側に判定値が書いてあることが多い。抗体医薬では、そうなっていない。

3. 何を測るのか ― 4 つの階層

抗体医薬の LC-MS 解析における4つの階層を示す表。インタクト質量は抗体まるごと約150 kDa、サブユニット(middle-up)は重鎖・軽鎖あるいは Fc/Fab、ペプチドマップは酵素消化したペプチド、遊離糖鎖は切り出した糖鎖を測る。下に行くほど情報は細かくなり、同時に前処理が重くなる
図解:下に行くほど情報は細かくなり、同時に前処理が重くなる。

抗体医薬の LC-MS 解析は、どこまで分解してから測るかで階層が分かれる。JP19〈G3-5〉は糖鎖について、まさにこの階層で整理している。

1)単糖に分解して分析する方法(単糖分析)、2)遊離糖鎖として分析する方法(オリゴ糖分析/糖鎖プロファイル法)、3)糖ペプチドとして分析する方法(糖ペプチド分析)、4)糖タンパク質として分析する方法(グリコフォーム分析)

タンパク質側も同じ構造をしている。整理するとこうなる。

階層 測るもの わかること わからないこと
インタクト質量 抗体まるごと(約 150 kDa) 全体の質量分布、糖鎖の大まかな比率 どの部位が修飾されたか
サブユニット(middle-up) 重鎖・軽鎖、あるいは Fc/Fab 修飾がどのサブユニットにあるか 残基レベルの位置
ペプチドマップ 酵素消化したペプチド 残基レベルの部位と量 ジスルフィド結合の組み合わせ(還元するため)
遊離糖鎖 切り出した糖鎖 糖鎖構造の詳細と分布 どの部位に付いていたか

下に行くほど情報は細かくなり、同時に前処理が重くなる。そして重い前処理は、後で見るとおり、測りたいものを作り変える。

💡 入門者向け:抗体は分子量 15 万ほどの巨大なタンパク質で、糖鎖という「枝」が付いている。同じ製品の中に、糖鎖の違いや部分的な化学変化によって何千種類もの分子が混ざっている。低分子医薬品のように「純度 99.5 %」とは言えない。この混ざり方そのものが品質である、というのが ICH Q6B の立場だ。

4. ICH Q6B が求めているのは「パターン」である

ICH Q6B の立場を示す図。不均一性のパターンを定義すること、絶対値ではなく同じかどうか(恒常性)を問うこと、そして糖鎖構造の解析は「可能な範囲で(to the extent possible)」であること
図解:問われているのは絶対値ではなく、同じかどうかである。

冒頭の引用に戻る。ICH Q6B は、不均一性についてこう位置づけている。

Since the heterogeneity of these products defines their quality, the degree and profile of this heterogeneity should be characterized, to assure lot-to-lot consistency.(これらの製品では不均一性そのものが品質を規定するため、その程度とプロファイルを特性解析し、ロット間の恒常性を保証すべきである)

糖鎖については、具体的にこう書いている。

For glycoproteins, the carbohydrate content (neutral sugars, amino sugars, and sialic acids) is determined. In addition, the structure of the carbohydrate chains, the oligosaccharide pattern (antennary profile) and the glycosylation site(s) of the polypeptide chain is analyzed, to the extent possible.

最後の「to the extent possible(可能な範囲で)」に注意してほしい。ICH Q6B は、糖鎖構造の完全な決定を要求していない。JP19〈G3-5〉も同じ立場で、糖鎖試験法を「糖鎖の恒常性を確認する方法」と定義している。絶対値ではなく、同じかどうか。

この設計は合理的だ。問題は、その「同じかどうか」を判定する測定が、どれくらい揃うかである。

5. そのパターンを、76 の研究室が測った

NIST の室間比較の結果を示す図。各研究室が同定した糖鎖組成の数は 4 から 48、報告された糖鎖組成は全体で 116 種類、コンセンサス値を付けられたのは 57 種類、合計値は 88 % から 122 % にわたった
図解:同じ 1 本の抗体で、4 〜 48。合計値すら 88 〜 122 % に散らばった。

NIST が主導した室間比較(De Leoz ら、2020年)の設計はこうだ。

  • 試料は NISTmAb(Primary Sample 8670)と、酵素処理で糖鎖を変えた mod-NISTmAb の 2 種類
  • 手法は指定しない。各研究室が自分のやり方を選ぶ
  • 76 研究室から103 報告(1 研究室あたり 1.36 報告、筆者計算)
  • 報告値は「合計が 100 % になるように正規化した存在割合」で提出

使われた手法は本当にばらばらだった ―― 遊離糖鎖(76 報告)では 2-AB 標識、グリコシルアミン標識、APTS 標識、パーメチル化、プロカインアミド標識ほか。糖ペプチド(21 報告)、インタクト・サブユニットも含まれた。

結果が冒頭の数字である。

  • 各研究室が同定した糖鎖組成の数:4 〜 4812 倍の開き、筆者計算)
  • 報告された糖鎖組成は全体で 116 種類
  • そのうちコンセンサス値を付けられたのは 57 種類49 %、筆者計算)

さらに、正規化そのものが揃っていなかった。

Although results in most data sets summed to 100%, the sums ranged from 88% to 122%(多くのデータセットは 100 % になったが、合計は 88 % から 122 % にわたった)

「合計が 100 % になるように出してください」という指示に対して、88 % から 122 % が返ってきた。同じ生データでも、正規化のやり直しで各値は最大 1.39 倍動きうる(筆者計算)。

6. 筆者計算:9 属性のうち 6 属性で、四分位範囲が中央値より広い

四分位範囲が中央値より広かった6つの派生属性の表。シアリル化は中央値3.48でIQR4.72(135.6%)、うちNeuAcは1.25で2.12(169.6%)、うちNeuGcは2.23で2.61(117.0%)、アンテナフコシル化は0.38で0.48(126.3%)、分岐GlcNAcは2.17で2.34(107.8%)、ハイマンノースは1.92で2.38(124.0%)
図解:真ん中の半分だけを見ても、値が 2 倍以上ちがう(IQR/中央値は筆者計算)。

生の糖鎖組成ではなく、実務で規格に載せる「派生属性」を見よう。ガラクトシル化率、シアリル化率、フコシル化率といった、まとめ上げた指標である。原典はこれを表にしている。25 % / 中央値 / 75 % は原典の値、IQR(四分位範囲)と対中央値比は筆者計算である。

派生属性 報告した研究室数 25 % 中央値 75 % IQR IQR / 中央値
ガラクトシル化 32 31.78 36.21 43.30 11.52 31.8 %
 うち α-ガラクトシル化 13 3.00 3.77 4.97 1.97 52.3 %
シアリル化 18 2.26 3.48 6.98 4.72 135.6 %
 うち NeuAc 6 0.71 1.25 2.83 2.12 169.6 %
 うち NeuGc 12 1.55 2.23 4.16 2.61 117.0 %
コアフコシル化のみ 37 92.36 103.95 118.23 25.87 24.9 %
アンテナフコシル化 3 0.25 0.38 0.73 0.48 126.3 %
分岐 GlcNAc 7 1.49 2.17 3.83 2.34 107.8 %
ハイマンノース 6 1.04 1.92 3.42 2.38 124.0 %

9 属性のうち 6 属性で、四分位範囲が中央値そのものより広い(筆者計算)。

四分位範囲は「真ん中の半分」の幅である。それが中央値より広いということは、真ん中の半分の研究室だけを見ても、値が 2 倍以上ちがうということだ。NeuAc シアリル化では 169.6 % ―― 0.71 から 2.83 まで、4 倍開いている。

そして、シアリル化もハイマンノースも分岐 GlcNAc も、抗体医薬では臨床的に意味を持つとされる属性である。ハイマンノース型糖鎖はクリアランスを速めるとされ、フコースの有無は ADCC 活性(抗体依存性細胞傷害活性)を大きく変える。

7. コアフコシル化の中央値は 103.95 % だった ― 割合なのに

表の中で、ひとつだけ物理的にありえない値がある。

コアフコシル化のみ:中央値 103.95 %。

割合が 100 % を超えている。四分位範囲は 92.36 % 〜 118.23 % で、その 70 % の幅が 100 % より上にある(筆者計算)。

理由は 5 節の「合計が 88 〜 122 %」に帰着する。派生属性は個々の糖鎖の存在割合を足し上げて作るので、元の合計が 100 % を超えていれば、派生属性もそのぶん膨らむ。37 の研究室の中央値がそうなった。

これは計算間違いではなく、コミュニティの現在地を正確に映した数字である。原典の結論はこうだ。

The study provides a view of the current state-of-the-art for biologic glycosylation measurement and suggests a clear need for harmonization of glycosylation analysis methods.

ここで思い出してほしいのは、ICH Q6B が求めているのが絶対値ではなくパターンの恒常性だということだ。自社内で同じ手順を使い続けるかぎり、104 % という値そのものは実務上は問題にならない。問題になるのは、手順が変わったとき、施設が変わったとき、そして他社製品と比較するときである ―― つまりバイオシミラーの分析的同等性評価と、製造所変更である。

8. なぜ揃わないのか① ― 存在割合が小さいほど、精度は悪くなる

繰返し精度と糖鎖の存在割合の関係を示す表。CV は 5.0 ×(存在割合)の −0.35 乗で表され、存在割合 40 % なら CV 1.4 %、10 % なら 2.2 %、5 % なら 2.8 %、1 % なら 5.0 %、0.5 % なら 6.4 %、0.1 % なら 11.2 % になる
図解:存在割合 0.1 % の糖鎖は、同じラボで測り直すだけで 11 % ふらつく(筆者計算)。

原典は、繰返し精度(同一ラボ・同一条件)と存在割合の関係を、べき乗則で表している。

CV [%] = 5.0 × (存在割合 [%])^(-0.35)

この式に代入すると、こうなる(筆者計算)。

糖鎖の存在割合 期待される繰返し CV 標準偏差
40 % 1.4 % 0.55 ポイント
10 % 2.2 % 0.22 ポイント
5 % 2.8 % 0.14 ポイント
1 % 5.0 % 0.05 ポイント
0.5 % 6.4 % 0.03 ポイント
0.1 % 11.2 % 0.011 ポイント

存在割合 0.1 % の糖鎖は、同じラボで同じ日に測り直すだけで 11 % ふらつく。これは室間再現性ではなく、繰返し精度である。室間ではさらに悪くなる。

原典はこれを、分析化学で古くから知られた Horwitz の観察(濃度が下がるほど室間 CV が上がる)と同じ形だと述べている。

6 節の表で IQR が中央値より広かった 6 属性は、いずれも中央値が 4 % 未満だった。揃わないのは低含量属性である、という一貫した説明がつく。

9. なぜ揃わないのか② ― 手法でもラボの種類でも説明できなかった

コンセンサス中央値との一致度が、特定の手法にもラボの種類にも依存しなかったことを示す図
図解:「MS を使えば正確」でも「企業のラボだから正確」でもなかった。

では「良い手法」を選べば揃うのか。原典の答えは、はっきりしている。

Agreement with the consensus medians did not depend on the specific method or laboratory type(コンセンサス中央値との一致度は、特定の手法にもラボの種類にも依存しなかった

さらに、バイアスとそのばらつきを 2 軸に取った「ターゲットプロット」を、手法・分析対象・組織の種類・繰返し数の 4 通りで色分けしても、

No systematic trend was apparent in any of the parameters.(どのパラメーターにも系統的な傾向は認められなかった)

「MS を使えば正確」でも「企業のラボだから正確」でもなかった。唯一はっきりした関係は、繰返し精度の良いデータセットほどコンセンサス値に近いというものだった。手法の選択より、その手法をどれだけ安定に回せているかが効く。

10. 測るための操作が、測りたい修飾を作る ― 局方が 3 か所で書いている

ここからが後半の主題である。抗体医薬では、前処理そのものが劣化を起こす。日本薬局方は、これを 3 か所で明記している。

(1) アミノ酸分析法〈2.04〉― 加水分解で Asn/Gln が脱アミド化する

この加水分解法では化学変化するアミノ酸があり,定量的に回収されないため,分析結果の解析に留意が必要である.すなわち,トリプトファンは破壊され,セリンとトレオニンは一部破壊され,メチオニンは酸化され,システインは一般にシスチンとして回収される…また,イソロイシンやバリンを含むペプチド結合は一部しか切断されず,アスパラギンとグルタミンは脱アミド化されてそれぞれアスパラギン酸とグルタミン酸となる.

脱アミド化は、抗体医薬でもっとも重要な CQA のひとつである。それを測るための加水分解が、脱アミド化を起こす。

(2) ペプチドマップ法〈G3-3〉― 消化で 6 つの副反応が起きる

消化ステップにおいて,非特異的切断,脱アミド化,ジスルフィド結合の異性化,メチオニン残基の酸化,リシン残基のカルバモイル化又はペプチドのN末端におけるグルタミンの脱アミド化により生じたピログルタミル基の形成のような副反応の結果,ペプチドマップが不明瞭になる可能性がある.

局方が名指しした副反応が 6 種類。うち 2 つが脱アミド化系、1 つが酸化、1 つがカルバモイル化(尿素由来)、1 つがジスルフィドの異性化である。どれも、そのまま「製品の劣化」として報告されうるものばかりだ。

同じ節は、対策も書いている。

消化により生じたアーティファクトを同定するために,試料タンパク質以外の全ての試薬を用いたブランクの消化試料を用いて空試験を行う.

そして、還元・アルキル化の代償も明記している。

酵素が切断部位に完全に作用できるように,消化前にジスルフィド結合の還元及びアルキル化が必要なこともある.しかし,システイン-システイン結合の情報はその際に失われてしまう.

(3) 糖鎖プロファイル法〈G3-5〉― 糖鎖を外すと Asn が Asp になる

これがいちばん厄介である。N 結合型糖鎖を外す標準酵素 PNGase F について、局方はこう書いている。

これらの酵素は,糖鎖の還元末端のN-アセチルグルコサミンとアスパラギン残基の間の結合を切断し,グリコシルアミン誘導体とアスパラギン酸残基にする.

糖鎖を外すと、その部位のアスパラギンはアスパラギン酸になる。質量にして +0.984 Da。これは脱アミド化とまったく同じ質量変化である。

つまり、糖鎖を測るために PNGase F を使った試料で「その部位が脱アミド化していた」と報告することは、原理的にできない。測定操作が、別の CQA の偽陽性を作る。

11. トレードオフは解けない ― 消化に良い条件は、修飾を促す条件

「では前処理を穏やかにすればよい」とはならない。NIST の Mouchahoir と Schiel は、NISTmAb のトリプシン消化プロトコルを最適化した論文で、この問題をこう定式化している。

Digestion conditions that promote the maximal efficiency of the enzyme are unfortunately also the same which can induce modification of the protein (e.g. incubation at 37 °C). Conversely, those conditions that may be optimal for denaturing and solubilizing the protein to thereby allow the enzyme easy access to cleavage sites are also conditions which will reduce the catalytic activity of the enzyme.

日本語にすると、こうなる。

  • 酵素の効率を最大にする条件は、タンパク質の修飾を誘発する条件でもある(例:37 ℃でのインキュベーション)
  • 逆に、タンパク質をほどいて酵素が切断部位に近づけるようにする条件は、酵素の活性を落とす条件でもある

どちらに振っても損をする。JP19〈G3-3〉も同じことを、温度設定の文脈で書いている。

理想的には,脱アミドのような試料に関連する化学的副反応やタンパク質凝集を最小化し,一方で,切断試薬の活性を維持しつつ試料タンパク質の消化に対する感受性を最大化するように消化温度を設定する.

実測でも裏づけられている。同論文は、

  • 4 時間消化した試料は、1 時間消化した試料より酸化レベルが高かった
  • 同じ時間・同じ尿素濃度なら、温度が上がるほど酸化が増えた
  • 最も酸化が多かったのは 1.0 mol/L 尿素・37 ℃・4 時間の条件
  • アスパラギンの修飾についても同じ傾向が観察された

と報告している。

12. だから NIST は 4 ℃を選んだ

同論文が最終的に採用したプロトコルの、還元とアルキル化の条件を見てほしい。

ステップ 条件
変性 6 mol/L グアニジン塩酸、1 mmol/L EDTA、0.1 mol/L Tris、pH 7.8
還元 DTT 最終 5 mmol/L、4 ℃で 60 分
アルキル化 ヨードアセトアミド 最終 10 mmol/L、4 ℃で 60 分、遮光
消化 緩衝液を 1 mol/L 尿素に交換

還元もアルキル化も 4 ℃である。多くの教科書的プロトコルは 37 ℃や室温を使う。反応速度を捨てて、修飾を避けるほうを選んだということだ。

変性剤の選択も実測で決めている。0.10 mol/L Tris、2.0 mol/L 尿素、6.0 mol/L グアニジン塩酸を比較したところ、

only the guanidine buffer was effective in the complete denaturation and reduction of PS 8670(グアニジン緩衝液だけが完全な変性と還元に有効だった)

その結果、得られた配列カバー率は 重鎖 96.89 %、軽鎖 100 %、CDR(相補性決定領域)は完全にカバー。トリプシンの自己消化由来ペプチドは検出されたが、宿主細胞タンパク質は検出されなかった。

💡 実務的な含意:4 ℃・60 分という条件は、それ自体が「正解」なのではない。自社の条件で空試験(ブランク消化)を回して、どれだけのアーティファクトが出ているかを数値で把握することが本筋である。JP19〈G3-3〉が空試験を明記しているのは、まさにそのためだ。

13. ペプチドマップ法は「相対比較の手法」である

ここまでの話は、JP19〈G3-3〉の一文にきれいに収束する。

ペプチドマップ法は,相対比較の手法である.つまり試料タンパク質より得られた結果は,同様に処理した標準品/標準物質の結果と比較して,試料タンパク質を同定する.

同じ節はこれを 2 度繰り返し、そのうえでこう釘を刺す。

ペプチドマップ法は相対比較の手法であるため,試料タンパク質に対して行われるいかなる精製や前処理ステップも,標準品/標準物質に対しても同様に実施する必要がある.

アーティファクトが出ること自体は、致命傷ではない。試料と標準品に同じだけ出るなら、差し引かれる。致命的なのは、試料と標準品で前処理が揃っていないときである。

判定の実際も具体的に書かれている。

保持時間,ピークレスポンス(ピーク面積又はピーク高さ),ピーク数及び全体的な溶出パターンの視覚的な比較は,手順の最初のステップである.重要なピークのピークレスポンス比及びピークの保持時間について,更に客観的解析を行うことが最良の方法である. 例えば,モノクローナル抗体試料は,共通のFcペプチドを含んでおり,ペプチドマップ試験の際には参照ピークとして用いられている.

なお、この「パターンで判定する」という性質のために、抗体医薬ではクロマトグラフィーの条件変更許容範囲が適用できない。JP19〈2.01〉には、日本独自の追記としてこう書かれている。

◇生物薬品の試験では,ペプチドマップ法,糖鎖試験法,及び分子不均一性に関する試験のように,液体クロマトグラフィーで得られた分離パターンをプロファイルとして適否の判定基準に設定することがある.このような試験法においては,本項に示す方法を適用できない場合がある.

低分子なら「カラム長は −25 % 〜 +50 %、流量 ±50 %、pH ±0.2」といった調整が明示的に認められている(JP19〈2.00〉クロマトグラフィー総論の記事参照)。抗体医薬では、その安全弁が外れる。パターンが判定基準である以上、パターンを動かす変更は許されないからだ。

14. では、何を規格にできるのか

ここまでを踏まえると、抗体医薬の規格設定は次の構造になる。

  1. 絶対値の一致は求められていない。ICH Q6B は「to the extent possible」と書き、JP19〈G3-5〉は「恒常性を確認する方法」と定義している。
  2. 求められているのはパターンの恒常性である。だから比較対象(標準品/標準物質)が必須で、前処理を含めて同一に扱う必要がある。
  3. 判定値は各条に置かれる。JP19〈G3-4〉が繰り返す「医薬品各条に定める基準値」「医薬品各条で規定した値の範囲内」という言い回しがそれを示している。参考情報の側に数値は書かれていない。
  4. 低含量の属性ほど、規格幅は広く取らざるを得ない。8 節のべき乗則がその根拠になる。存在割合 0.1 % の属性に、存在割合 40 % の属性と同じ相対幅を課すことはできない。
  5. 手順を変えたら、値が動くことを前提に置く。76 研究室の結果は、手法を変えれば値が動くことを示している。製造所変更・分析法移管・バイオシミラー比較では、ここが最大のリスクになる。

JP19〈G3-5〉の「1.4. 適否の判定基準」も、同じ構造で書かれている。

検体が規格に適合するかの評価は,通例,タンパク質当たりの各単糖の含量などが規定した範囲内であることを確認することなどにより行われる.規格を適切に設定するには,糖鎖修飾の特徴と有効性及び安全性との関連性を考慮する必要がある.

「範囲内であること」を確認するが、その範囲は自分で決めろ、ということである。決めるための根拠は、局方ではなく、有効性・安全性との関連性の側にある。

分析者の視点

分析者が守るべき原則を示す図。参考情報と一般試験法を区別する、空試験(ブランク消化)を回して自分のアーティファクト量を数値で持つ、試料と標準品の前処理を完全に同一にする、他社・他施設の値と直接比べない
図解:空試験を回して、自分のアーティファクト量を数値で持つ。
  1. 参考情報と一般試験法を区別する。 JP19 のペプチドマップ法・タンパク質の質量分析・糖鎖プロファイル法は参考情報であり、告示(2549 頁まで)の外にある。技術的な拠り所にはなるが、合否の根拠は各条にある(1〜2節)。
  2. 空試験(ブランク消化)を回して、自分のアーティファクト量を数値で持つ。 JP19〈G3-3〉が明記している手順である。持っていなければ、報告した脱アミド化率のうちどれだけが製品由来かを言えない(10節)。
  3. PNGase F を使った試料で、その部位の脱アミド化を語らない。 糖鎖を外す操作が Asn を Asp に変える。質量変化は脱アミド化と同一の +0.984 Da である(10節)。
  4. 還元・アルキル化の温度を確認する。 NIST の最適化プロトコルは 4 ℃・60 分。37 ℃や室温を使っているなら、それが自社のアーティファクト量にどう効いているかを実測で押さえる(12節)。
  5. 試料と標準品の前処理を、完全に同一にする。 ペプチドマップ法は相対比較の手法であり、これが揃っていないと差し引きが成立しない(13節)。
  6. 低含量属性の規格幅は、含量に応じて広げる。 CV = 5.0 ×(存在割合)^(−0.35) は繰返し精度の目安になる。0.1 % の属性なら繰返しだけで 11 % ふらつく(8節)。
  7. 他社・他施設の値と直接比べない。 同じ抗体で 4〜48 個、コアフコシル化の中央値 104 % という室間比較の実測がある。比較するなら、手順まで揃えるか、揃っていないことを明示する(5〜7節)。

まとめ

本記事の論旨の流れを示す図。ICH Q6B は不均一性のパターンの恒常性を要求するが、76 研究室の結果は大きくばらついた。揃わない理由は「低含量」および「前処理が測りたい修飾を作る」ことにある
図解:要求はパターンの恒常性。しかし測定はまだそこに追いついていない。
  • ICH Q6B は「不均一性のパターンを定義し、恒常性を示せ」と求める。個々の分子種を評価しなくてよいのは、パターンが一定だと示せた場合だけである。
  • 日本薬局方は抗体医薬の測定法を備えているが、すべて「参考情報」にある。ペプチドマップ法〈G3-3-182〉、ぺプチド及びタンパク質の質量分析〈G3-4-161〉、糖鎖プロファイル法〈G3-5-170〉。一般試験法にあるのは〈2.04〉アミノ酸分析法だけ(筆者確認)。
  • 告示第193号の範囲は「通則」から「参照赤外吸収スペクトル」(2549頁)まで。参考情報(2588頁〜)はその外にある。
  • NISTmAb を 76 研究室・103 報告で測った結果、同定された糖鎖組成の数は 4 〜 48 個(12 倍)。報告された 116 組成のうちコンセンサス値が付いたのは 57(49 %、筆者計算)。
  • 合計が 100 % になるよう指示された報告値の合計は、88 % から 122 % にわたった。
  • 筆者計算:派生属性 9 項目のうち 6 項目で、四分位範囲が中央値そのものより広い。NeuAc シアリル化は 169.6 %。
  • コアフコシル化のコンセンサス中央値は 103.95 % ―― 割合なのに 100 % を超えている。
  • 揃わない理由は低含量。 CV = 5.0 ×(存在割合)^(−0.35) により、0.1 % の属性は繰返しだけで CV 11.2 %(筆者計算)。手法にもラボの種類にも依存しなかった。
  • 測るための前処理が、測りたい修飾を作る。局方が 3 か所で明記:〈2.04〉加水分解で Asn/Gln が脱アミド化、〈G3-3〉消化で 6 種の副反応、〈G3-5〉PNGase F が Asn を Asp にする。
  • トレードオフは解けない。酵素効率を上げる条件は修飾を誘発し、変性を進める条件は酵素活性を落とす。だから NIST は還元・アルキル化に 4 ℃を選んだ。
  • ペプチドマップ法は相対比較の手法である。試料と標準品に同じ前処理を課すことが前提。だから抗体医薬では、クロマトの条件変更許容範囲が適用できない場合がある(JP19〈2.01〉)。

用語集

  • CQA(重要品質特性):有効性・安全性に影響しうるため、規格や工程で管理すべき特性。抗体医薬では糖鎖プロファイル、脱アミド化、酸化、凝集体量などが代表。
  • 不均一性(heterogeneity):同じ製品の中に、糖鎖や化学修飾の違う分子が混ざっている状態。ICH Q6B は「不均一性そのものが品質を規定する」と書いている。
  • 脱アミド化:アスパラギンがアスパラギン酸に、グルタミンがグルタミン酸に変わる反応。質量が +0.984 Da 増える。抗体医薬では代表的な劣化経路。
  • PNGase F:N 結合型糖鎖を切り出す酵素。切断の結果、糖鎖が付いていたアスパラギンはアスパラギン酸になるため、脱アミド化と区別できなくなる。
  • コアフコシル化:糖鎖の根元の GlcNAc にフコースが付いた状態。フコースが無い抗体(脱フコース体)は ADCC 活性が高まることが知られ、品質特性として重視される。
  • ハイマンノース型:マンノースが多く残った未成熟な糖鎖。血中クリアランスを速めるとされる。
  • ペプチドマップ法:タンパク質を酵素で切断し、生じたペプチドをクロマトグラフィーで分離してパターンを比較する手法。JP19 参考情報〈G3-3-182〉、三薬局方調和。
  • MAM(Multi-Attribute Method):ペプチドマップを LC-MS で行い、複数の品質特性を 1 回の測定で定量する手法。従来の複数試験を置き換える狙いがある。
  • NISTmAb(RM 8671):NIST が配布する IgG1κ の標準物質。業界共通の比較材料として使われる。本記事の室間比較はこの Primary Sample 8670 を用いている。
  • 参考情報:日本薬局方の一部として印刷されるが、告示の範囲外の技術文書。適否判定は「通則・生薬総則・製剤総則・一般試験法及び各条」で行われる(通則5)。
  • 四分位範囲(IQR):25 % 点から 75 % 点までの幅。「真ん中の半分」がどれだけ散らばっているかを示す。

出典

  1. 第十九改正日本薬局方 参考情報 G3. 生物薬品関連(厚生労働省、2026年4月10日告示・同日適用)― ペプチドマップ法〈G3-3-182〉(p.2598〜、三薬局方調和、消化の6副反応、空試験、相対比較の手法、Fc ペプチドの参照ピーク、還元アルキル化によるジスルフィド情報の喪失)/ぺプチド及びタンパク質の質量分析〈G3-4-161〉(p.2603〜、MALDI・ESI、CID/PSD/ECD、「医薬品各条に定める基準値」)/単糖分析及びオリゴ糖分析/糖鎖プロファイル法〈G3-5-170〉(p.2605〜、4 階層、PNGase F によるアスパラギン酸生成、適否の判定基準) https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001689444.pdf
  2. 第十九改正日本薬局方 一般試験法(同)― 〈2.04〉タンパク質のアミノ酸分析法(加水分解によるアスパラギン・グルタミンの脱アミド化)、〈2.01〉液体クロマトグラフィー(生物薬品では条件変更の許容範囲が適用できない場合がある旨の日本独自追記)。および参考情報が一般試験法に含まれないことの確認(通則5) https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001689414.pdf
  3. 厚生労働省告示第193号(令和8年4月10日)― 告示の範囲が「通則」から「参照赤外吸収スペクトル」(2549頁)までであることの明記。参考情報 G3 は 2588 頁からで範囲外。(上記 2 の PDF 冒頭)
  4. L. De Leoz et al., "NIST Interlaboratory Study on Glycosylation Analysis of Monoclonal Antibodies: Comparison of Results from Diverse Analytical Methods", Mol. Cell. Proteomics 2020, 19(1), 11-30(オープンアクセス)― 76 研究室・103 報告、糖鎖組成 4〜48、116 組成中 57 にコンセンサス値、合計 88〜122 %、Table III の派生属性、CV = 5.0 × Mean^(−0.35)、手法・ラボ種別に依存しない旨。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6944243/
  5. T. Mouchahoir, J. E. Schiel, "Development of an LC-MS/MS peptide mapping protocol for the NISTmAb", Anal. Bioanal. Chem. 2018, 410, 2111-2126(CC BY)― 消化効率と修飾誘発のトレードオフの定式化、4 時間 vs 1 時間の酸化比較、6 mol/L グアニジンのみが完全変性、還元・アルキル化を 4 ℃で 60 分、配列カバー率 重鎖 96.89 % / 軽鎖 100 %。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5830484/
  6. ICH Q6B: Specifications: Test Procedures and Acceptance Criteria for Biotechnological/Biological Products(Step 4、1999年3月10日)― 不均一性のパターンの定義と恒常性の実証、恒常的なパターンが示されれば個々の分子種の評価は不要かもしれない旨、「the heterogeneity of these products defines their quality」、Carbohydrate structure の「to the extent possible」、ジスルフィド評価における還元・非還元条件のペプチドマッピング。 https://database.ich.org/sites/default/files/Q6B%20Guideline.pdf

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本記事と関連する記事を示す図。円偏光二色性、プロテオミクスのDDA/DIA、SEC/GPC、HILIC、JP19 クロマトグラフィー総論、イオンクロマトグラフィー、結晶構造解析
図解:高次構造・分離・規制の各側面から、本記事につながる 7 本。

未確認・限界

本記事で採用しなかった事項を示す図。ベンダーの技術資料に載っていた数値、MAM の new peak detection の性能、装置の型番、ICH Q5E の詳細。いずれも自分で開いて確認できない数値は載せないという方針による
図解:自分で開いて確認できない数値は載せない ―― 落としたものの一覧。
  1. ベンダーの技術資料に載っていた脱アミド化アーティファクトの実測値を採用していない。 ディープリサーチの出力には、従来法と最適化法で脱アミド化率が大きく異なるという具体的な数値(特定残基での %)が含まれていたが、出典である MilliporeSigma の技術資料に本記事の執筆時点で到達できなかった(PDF は HTTP/2 エラーとタイムアウト、HTML 版もタイムアウト)。自分で開いて確認できない数値は載せない方針に従い、除外している。10〜12 節の記述は、日本薬局方と NIST の査読論文で確認できた範囲に限っている。
  2. MAM(Multi-Attribute Method)の new peak detection の性能について、数値を挙げていない。 同様に、比較の出典がベンダー資料であり原典に到達できなかったため。MAM の概念そのものは用語集に留めている。
  3. NISTmAb 室間比較の「派生属性」は、生の糖鎖組成の中央値から計算されたものである。 原典 Table III は、各研究室の報告値から直接集計したのではなく、コンセンサス中央値をもとに推定した値である旨が注記されている。6〜7 節の筆者計算はその値に対して行っており、生データの分布そのものではない。
  4. コアフコシル化 103.95 % という値の解釈は、本記事の推論を含む。 原典は「合計が 88〜122 % だった」ことと、派生属性の中央値が 103.95 % であることを別々に報告しており、両者を因果でつないだのは筆者である。他の要因(フコシル化因子の計算方法の差など)も寄与しうる。
  5. 電荷変異体(CEX / icIEF)、サイズ変異体(SEC)、宿主細胞タンパク質(HCP)、ADC の DAR には踏み込んでいない。 いずれも抗体医薬の重要な評価軸だが、本記事は「糖鎖とペプチドマップにおける、測定操作が結果を作る問題」に主題を絞った。
  6. 具体的な装置の型番・スペックを挙げていない。 メーカー公式の仕様値を自分で確認できたものが無かったため、本記事は手法と規制の側から記述している。
  7. バイオシミラーの分析的同等性(ICH Q5E)については、本記事では ICH Q6B の枠組みに触れるにとどめた。 同等性評価の統計的手法(同等性マージンの設定など)は別記事の主題である。

制作メモ:ディープリサーチで論点を洗い出したうえで、日本薬局方の一般試験法 PDF・参考情報 PDF(298 ページ)の全文検索と精読、Europe PMC 経由でのオープンアクセス原著(Mol. Cell. Proteomics / Anal. Bioanal. Chem.)の本文・表の取得、および ICH Q6B 原文 PDF の解析により、編集側ですべての数値を原典で検証して執筆した。表中の四分位範囲・対中央値比・CV の換算・組成数の比は筆者が計算し、その旨を都度明記している。原典に到達できなかった数値は「未確認・限界」に列挙し、本文では使用していない。