熱分析装置の選び方 ― 分解能 0.1 µg と書いた同じ表に、ベースラインは 25 µg 動くと書いてある【2026年版】
熱分析

熱分析装置の選び方 ― 分解能 0.1 µg と書いた同じ表に、ベースラインは 25 µg 動くと書いてある【2026年版】

カタログの先頭に並ぶ数字は、同じ仕様表の別の行に否定されている。TA Instruments の TGA 仕様表は分解能を 0.1 µg と書き、その次の行で室温から 1000 ℃までの重量ベースラインドリフトを 25 µg と書く。250 倍である。脚注には「ベースライン差し引きなし」とある。DSC も同じで、温度精密さ ±0.005 ℃ の機種の温度確度は ±0.025 ℃ になる。装置選定で比べるべきなのは分解能ではなく、自分の試料の信号が装置のベースラインの何倍か、という一点である。

熱分析装置を選ぶとき、最初に見るのはたいてい仕様表の一番上のほうにある「分解能」である。TGA なら 0.1 µg、DSC なら 0.1 µW、DMA ならひずみ分解能 0.1 nm。桁が小さいほど良い装置に見える。

ところが、その数字を否定する数字が、同じ表の数行下に印刷されている。

TA Instruments の Discovery TGA のブローシャを開くと、仕様表にこう並んでいる。

Resolution 0.1 µg 0.1 µg <0.1 µg Weight Baseline Drift[1] (Ambient to 1000 ˚C) <25 µg <25 µg <10 µg [1] Without baseline subtraction

分解能は 0.1 µg。しかし、空の状態で室温から 1000 ℃まで上げるだけで、重量のベースラインは 25 µg 動く(TGA 55 / 550 の値)。250 倍である。しかも脚注は正直に「ベースライン差し引きなし」と書いている。

この 2 行は矛盾していない。分解能とは「天秤が読み分けられる最小の差」で、ドリフトとは「何も起きていないのに信号が動く量」である。別の量を、同じ表に並べて書いてあるだけだ。しかし装置を選ぶ側から見れば、意味するところは決定的に違う。0.1 µg の変化を読み分けられても、25 µg 動く土台の上では、25 µg より小さい変化は測れない。

本稿は、熱分析装置(DSC・TGA・STA・TMA・DMA)の仕様表の読み方に絞った記事である。どの手法が何を測るかは熱分析とは?DSC・TGA・TMA・DMA ― 手法を選ぶとは、何が見えなくなるかを選ぶことである【2026年版】で扱ったので、ここでは「見積書に並んだ 2 機種を、何を見て決めるか」だけを書く。

この記事の読み方

  • 入門者:1 節と 2 節だけでも読む価値がある。「分解能」「精密さ」「確度」は日常語では似ているが、仕様表では完全に別の量である。ここを取り違えると、カタログはずっと誤読され続ける。
  • これから装置を買う人:7 節が本題である。自分の試料が出す信号を µW や µg で見積もるという一手間で、候補機種はたいてい絞れる。デモ機に何を持ち込むかも 7 節と「分析者の視点」に書いた。
  • すでに装置を持っている人:手元の装置の仕様書を開きながら 1 〜 6 節を読むと、自分が測っている値の下限がわかる。特に TGA で 1 % 未満の質量減少を扱っている場合は 1 節を確認してほしい。

なお本稿の数値は、断りのない限りメーカーが公開しているブローシャ・製品仕様の原文から取った。計算は筆者が行い、その旨を都度明記する。

1. 分解能 0.1 µg の隣に、ドリフト 25 µg と書いてある

TA Discovery TGA 55/550 の仕様表で、Resolution 0.1 µg と Weight Baseline Drift(室温〜1000 ℃)< 25 µg が同じ表に並んでいることを示す図。両者は 250 倍の差があり、分解能は読み分けられる最小の差、ドリフトは何もしなくても動く量で測定の下限を決める
図1:同じ仕様表に並ぶ二つの数字。分解能は「目盛りの細かさ」、ドリフトは「測定の下限」を決める別の量である。

冒頭で引いた TA Instruments の Discovery TGA の仕様表を、もう少し広く見る。

項目 TGA 55 TGA 550 TGA 5500
温度範囲 室温〜1000 ℃ 室温〜1000 ℃ 室温〜1200 ℃
温度確度 ±1 ℃ ±1 ℃ ±1 ℃
温度精密さ ±0.1 ℃ ±0.1 ℃ ±0.1 ℃
試料重量容量 1000 mg 1000 mg 1000 mg
秤量精密さ ±0.01 % ±0.01 % ±0.01 %
分解能 0.1 µg 0.1 µg <0.1 µg
重量ベースラインドリフト(室温〜1000 ℃、ベースライン差し引きなし) <25 µg <25 µg <10 µg

(TA Instruments「HIGH PERFORMANCE TGA SYSTEMS」ブローシャの Instrument Specifications より抜粋。訳は筆者)

この表で機種間の差がついているのは、分解能ではなくドリフトのほうである。TGA 55 と TGA 550 は分解能も温度確度も同じで、上位の TGA 5500 だけがドリフト <10 µg と温度上限 1200 ℃で差別化されている。つまりメーカー自身が、性能差の置きどころをドリフトに置いている。

このドリフトが実務でどう効くかを、筆者の計算で示す。

計算(筆者による):試料 10 mg を測るとき、ブランク補正をしない TGA 550 のドリフト 25 µg は、試料に対して 25 µg ÷ 10 mg = 0.25 % に相当する。試料 5 mg なら 0.5 %、1 mg なら 2.5 % になる。

ここで思い出したいのが、日本薬局方〈2.52〉熱分析法の次の一文である。

なお,本法における測定法のうち,熱重量測定法は,乾燥減量試験法〈2.41〉又は水分測定法〈2.48〉の別法として用いることができる.

乾燥減量の規格値は、医薬品では 0.5 % 以下、1.0 % 以下といったオーダーで設定されることが多い。試料 10 mg・ブランク補正なしのドリフト 0.25 % は、測ろうとしている量の半分に達する。装置が作った見かけの質量変化を、試料の乾燥減量として読んでしまう。

だから TGA の選定で見るべきなのは分解能ではない。「ブランクを引いた後に、どれだけ再現するか」である。そしてこれは仕様表に載っていない。載っているのは「ベースライン差し引きなしのドリフト」までで、その先は自分で測るしかない(7 節と「分析者の視点」参照)。

💡 入門者向け:空のるつぼを加熱するだけで見かけの重量が変わる主因は浮力である。炉の中の気体は温度が上がると密度が下がり、るつぼが受ける浮力が減る。すると天秤は「重くなった」と読む。試料が何もしていなくても、気体の密度変化が信号になる。だからブランク(空るつぼ)を同じ温度プログラム・同じるつぼ・同じガス流量で測って差し引く。

2. 「分解能」「精密さ」「確度」は三つの別の量である

1 節の表には、もう一組の重要なペアがある。

  • 温度確度 ±1 ℃
  • 温度精密さ ±0.1 ℃

10 倍ちがう。そして DSC の仕様表では、この差がもっと露骨に出る。TA Instruments の Discovery DSC ブローシャから、3 機種の仕様を抜き出す。

項目 DSC 25 DSC 250 DSC 2500
ベースライン平坦性(-50〜300 ℃、ベースライン差し引きなし) <100 µW ≤10 µW ≤5 µW
ベースライン繰り返し性(-50〜300 ℃) <40 µW <20 µW <10 µW
温度範囲 -180 〜 725 ℃ -180 〜 725 ℃ -180 〜 725 ℃
温度確度 ±0.1 ℃ ±0.05 ℃ ±0.025 ℃
温度精密さ ±0.01 ℃ ±0.008 ℃ ±0.005 ℃
エンタルピー精密さ ±0.1 % ±0.08 % ±0.04 %

(TA Instruments「DISCOVER the WORLD'S FINEST line of DIFFERENTIAL SCANNING CALORIMETERS」の Specifications より抜粋。訳は筆者。脚注に「No baseline subtractions」とある)

最上位の DSC 2500 で、温度精密さは ±0.005 ℃、温度確度は ±0.025 ℃。5 倍である。そして DMA でも同じ構図が現れる。TA Instruments の DMA 850 の製品仕様はこうなっている。

  • 力分解能 0.00001 N(10 µN)
  • ひずみ分解能 0.1 nm
  • 弾性率レンジ 10^3 〜 3×10^12 Pa
  • 弾性率精密さ ±1 %
  • tan δ 感度 0.0001 / tan δ 分解能 0.00001

ひずみを 0.1 nm 刻みで読む装置の、弾性率の精密さは ±1 % である。ナノメートルと 1 % のあいだには、試料の寸法測定、クランプの締め付け、コンプライアンス補正といった、装置の分解能とは無関係な誤差要因が全部入っている。

三つの語を整理しておく。

語 意味 仕様表での役割
分解能(resolution) 装置が読み分けられる最小の差 数字が最も小さくなるので、カタログの目立つ位置に来る
精密さ(precision) 同じ測定を繰り返したときのばらつき 短時間の繰り返しで決まるので、確度より良い値が出る
確度(accuracy) 真の値からのずれ 校正の質が効く。分解能より 1 〜 2 桁悪いのが普通

カタログを比べるなら、比べるのは確度とベースライン側の数字である。分解能を比べても、それは「メーカーが A/D 変換の細かさをどこに設定したか」を比べているに近い。

計量トレーサビリティの観点からこの三つを整理した記事として、標準物質・検量線・トレーサビリティも合わせて読んでほしい。熱分析の温度確度が最終的に何に紐づいているかは、熱分析の校正とトラブルシューティングで ITS-90 の定義定点まで遡って書いた。

3. 仕様値には測定条件がついている ― 10 mg・10 K/min・窒素

NETZSCH の DSC 214 Polyma の技術仕様には、こう書かれている。

Indium Response Ratio > 100 mW/K (中略) ** Related to indium as standard material under measurement conditions typically used for polymer investigation (10 mg sample mass, 10 K/min heating rate, nitrogen atmosphere**)

感度に相当する指標(インジウム応答比)に、測定条件の脚注がついている。試料 10 mg、昇温 10 K/min、窒素雰囲気。ポリマー測定で典型的とされる条件である。

これは誠実な書き方であって、批判すべき点ではない。むしろ熱分析の仕様値は、条件を書かなければ意味を持たないという事実を、メーカー自身が脚注で認めている。1 節・2 節で見た TA の仕様にも同じことが言える。ベースライン平坦性は「-50 〜 300 ℃」という範囲つきで、TGA のドリフトは「室温〜1000 ℃」という範囲つきである。範囲を変えれば値は変わる。

そして、この「条件つき」という性質は、規制側の要求とぴたりと一致している。日本薬局方〈2.52〉は DSC の操作方法の最後で、測定結果に併記すべきデータを列挙している。

それぞれの測定結果には以下のデータを併記する.実験諸条件,最新の校正記録,試料の量と来歴(熱履歴を含む),容器,雰囲気(種別,流速,圧力),温度変化の方向と速度,装置と記録計の感度.

局方は「感度」を、装置が満たすべき規格としてではなく、測定ごとに報告する条件の一つとして扱っている。この 7 項目については熱分析の校正とトラブルシューティングで詳しく書いたが、装置選定の文脈で読み直すと別の意味が見えてくる。カタログの感度値には、規制側の裏付けが何もない。局方が要求しているのは「あなたが実際に使った感度を書け」であって、「カタログにこう書いてある装置を使え」ではない。

4. 同じ機種の二つの資料で、数字が食い違う

同じ NETZSCH DSC 214 Polyma について、二つの資料を並べる。どちらも同じメーカーの、同じ機種の仕様である。

技術仕様(Technical Specifications)

Enthalpy precision ・ ± 0.1% for indium ・ ± 0.05% to ± 0.2% for most samples

製品パンフレット内の技術データ(Technical Key Data for the DSC 214 Polyma)

Enthalpy precision < 0.05%

「< 0.05 %」と「±0.05 % 〜 ±0.2 %」。4 倍の幅がある。片方は「ほとんどの試料で」という条件つきで幅を示し、もう片方は最良値だけを一行で書いている。温度範囲(-170 〜 600 ℃)も昇温冷却速度(0.001 〜 500 K/min)も分解能(0.1 µW)も両者で完全に一致しているので、これは別モデルの数字が混ざったのではなく、同じ項目の書き方の違いである。

装置選定の実務としての教訓は単純である。見積書に添付された一枚もののスペックシートは、最良値だけを抜いてきている可能性がある。同じ機種について、より詳しい技術仕様書を取り寄せて突き合わせる。数字が違ったら、条件つきで幅を示しているほうを採る。

⚠️ 出典についての注記:この 4 節で引いた NETZSCH の 2 資料は、後述する二次的な経路で全文を取得したものである。NETZSCH の公式サイトは筆者の環境からは直接アクセスできず(HTTP 403)、原典 PDF の公式 URL を確定できていない。文書の内容自体は NETZSCH の正規の製品資料だが、URL による直接検証ができていない点を明記しておく。数値そのものは 2 資料の突き合わせによって確認した。

5. メーカーが違うと、比べる項目そのものが違う

ここまで挙げた DSC の「感度に近い数字」を並べてみる。

メーカー・機種 書かれている項目 値
TA Discovery DSC 25 ベースライン平坦性(-50〜300 ℃) <100 µW
TA Discovery DSC 250 ベースライン平坦性(-50〜300 ℃) ≤10 µW
TA Discovery DSC 2500 ベースライン平坦性(-50〜300 ℃) ≤5 µW
NETZSCH DSC 214 Polyma Resolution (technical) 0.1 µW

数字だけ見ると NETZSCH が 50 倍良いように読める。しかしこれは比べられない。TA が書いているのは「ベースラインがどれだけ曲がるか」という系統誤差であり、NETZSCH が書いているのは「技術的分解能」という読み取りの細かさである。2 節で整理したとおり、この二つは別の量である。TA の仕様表に分解能の行はなく、NETZSCH の技術仕様にベースライン平坦性の行はない。

同じ列に並ばない数字を、同じ列に並べて比較してはいけない。これは選定の場でいちばん起きやすい事故である。表計算ソフトに各社のカタログ値を転記して比較表を作ると、項目名が似ているだけの別物が同じ行に並ぶ。

対処は 2 つある。

  1. 各社に同じ項目を聞く。「ベースライン平坦性を、-50 〜 300 ℃の範囲、ベースライン差し引きなしで教えてください」と条件を指定して照会する。答えられない項目があること自体が情報になる。
  2. 自分の試料で比べる。カタログの土俵をそろえるより、同じ試料・同じ条件でデモ測定してもらうほうが速い。

6. 冷却装置の「-90 ℃」は、1 ℃/min のときだけの数字

DSC の選定では、本体よりも冷却装置で使い勝手と費用が決まる。ここにも「条件つきの数字」がある。TA Instruments のブローシャに載っている制御冷却速度の表を、そのまま訳出する。

制御冷却速度 RCS 40 RCS 90 RCS 120 LN ポンプ
100 ℃/min — 300 ℃ 300 ℃ 200 ℃
50 ℃/min 175 ℃ 120 ℃ 175 ℃ 0 ℃
20 ℃/min 40 ℃ -20 ℃ -10 ℃ -100 ℃
10 ℃/min 0 ℃ -50 ℃ -55 ℃ -150 ℃
5 ℃/min -15 ℃ -75 ℃ -80 ℃ -65 ℃
1 ℃/min -40 ℃ -90 ℃ -120 ℃ -180 ℃

(TA Instruments Discovery DSC ブローシャ「Controlled Cooling Rate」表。表中の温度は「その冷却速度を維持できる下限温度」。「* 実験室の条件によって性能は多少変わる」との注記つき)

RCS 90 の「-90 ℃」は、1 ℃/min で冷やしたときの下限である。実務でよく使う 10 ℃/min では -50 ℃、20 ℃/min では -20 ℃ までしか制御冷却できない。カタログの型番に入っている「90」は、最も遅い冷却速度でだけ到達する数字なのだ。

これは選定に直結する。たとえば -60 ℃ 付近に Tg がある材料を 10 ℃/min で測りたいなら、RCS 90 では届かない(10 ℃/min での下限は -50 ℃)。RCS 120 でも -55 ℃ である。冷却速度を 5 ℃/min に落とせば RCS 90 で -75 ℃ まで下がるが、昇温・冷却速度を変えると信号の大きさも Tg の見かけの位置も変わる(信号の大きさについては次の 7 節で計算する)(熱分析の校正とトラブルシューティングで、冷却速度が 1 桁変われば Tg が 3 〜 5 ℃ 動くことを扱った)。装置の都合で速度を変えると、測定条件そのものが変わってしまう。

液体窒素を使うか使わないかも、ここで決まる。TA のブローシャは RCS の利点として「密閉系なので液体窒素が不要」「連続運転できる」と書き、LN ポンプについては「最低温度 -180 ℃、冷却速度 140 ℃/min まで、50 L デュワー付きで実験中も自動補充可能」と書いている。低温側の余裕と冷却速度が要るなら液体窒素、運用の手離れを取るなら機械式冷凍という分岐である。

⚠️ 上の表の LN ポンプ列は、5 ℃/min で -65 ℃、10 ℃/min で -150 ℃ と、他の列と違って単調になっていない。原典の記載をそのまま訳出したが、この非単調性の理由は確認できていない。LN ポンプの低温側の実力を判断するときは、メーカーに直接確認することを勧める。

7. 自分の試料の信号は何 µW か ― 選定を決めるのはこの計算

ここまでの話を、一つの計算にまとめる。装置選定で本当に必要なのは、自分の試料が出す信号の大きさを、仕様表と同じ単位で見積もることである。

DSC でガラス転移を測る場合、Tg で現れる熱流のステップの高さは、次の 3 つの積で決まる。

熱流ステップ ΔP = ΔCp × 試料質量 m × 昇温速度 β
  • ΔCp:Tg での比熱変化[J/(g·K)]
  • m:試料質量[g]
  • β:昇温速度[K/s](℃/min を 60 で割る)

汎用の非晶性樹脂では ΔCp は 0.2 〜 0.3 J/(g·K) 程度なので、ここでは 0.25 J/(g·K) を仮に置く。以下は筆者の計算である。

試料 質量 昇温速度 熱流ステップ ΔP
樹脂 100 % 10 mg 10 ℃/min 約 420 µW
樹脂 100 % 10 mg 2 ℃/min 約 83 µW
樹脂分 10 % の複合材 10 mg 10 ℃/min 約 42 µW
樹脂分 10 % の複合材 10 mg 2 ℃/min 約 8 µW

(ΔCp = 0.25 J/(g·K) と仮定。ΔP = ΔCp × m × β で計算。複合材は樹脂分だけが Tg に寄与すると仮定した)

DSC のベースライン平坦性(DSC 25 は<100 µW、DSC 250 は≤10 µW、DSC 2500 は≤5 µW)と、試料が出す熱流ステップの見積り(樹脂100%・10 mg・10 ℃/min で約420 µW、樹脂分10%の複合材で約42 µW、同・2 ℃/min で約8 µW)を突き合わせた図
図2:自分の試料の信号を µW に換算して、装置のベースライン平坦性と比べる。この比が機種を決める。

これを 2 節の DSC 仕様と突き合わせる。

  • 樹脂 100 %・10 mg・10 ℃/min(420 µW):DSC 25 のベースライン平坦性 <100 µW に対して 4 倍。エントリー機で十分に見える。
  • 樹脂分 10 % の複合材・10 mg・10 ℃/min(42 µW):DSC 25 の平坦性 <100 µW を下回る。信号がベースラインの曲がりに埋もれる。DSC 250(≤10 µW)なら 4 倍、DSC 2500(≤5 µW)なら 8 倍の余裕がある。
  • 樹脂分 10 %・2 ℃/min(8 µW):DSC 250 でも平坦性と同じオーダー。ここまで来ると上位機か、温度変調 DSC(MDSC)などの別手段が要る。

つまり「どの DSC を買うべきか」は、測る材料と条件が決まった時点でほぼ決まっている。充填材の多いプリプレグや医薬品の少量サンプルを扱うなら上位機が要り、汎用樹脂の融点と結晶化を見るだけならエントリー機で足りる。カタログを横並びで眺めても、この判断は出てこない。

TGA 側も同じ形で見積もれる。

計算(筆者による):ブランク補正なしのドリフト 25 µg(TGA 550)に対し、質量減少 1 % を試料 10 mg で測ると、減少量は 100 µg。ドリフトは測定量の 25 % に達する。試料を 50 mg に増やせば減少量 500 µg に対してドリフト 5 % に下がる。TGA では「試料を増やす」が最も効く対策だが、試料量を増やすと今度は熱勾配が生じて分解温度が高温側にずれる。ここにもトレードオフがある。

💡 入門者向け:昇温速度を上げれば信号は大きくなる(上の式のとおり ΔP は β に比例する)。だが速く上げると、近接した 2 つの熱事象が重なって分離できなくなり、試料内の温度勾配も大きくなる。これが感度と分解能のトレードオフである。「感度を上げる」と「分離を良くする」は、同じつまみを逆向きに回す操作になっている。

8. 手法別 ― 選定で本当に分岐する点

7 節の計算を各手法に当てはめると、選定で効く分岐は手法ごとに違う場所にある。

DSC:分岐は本体ではなく冷却装置にある(6 節)。必要な下限温度を、実際に使う昇温冷却速度で満たせるか。次に、7 節の計算で自分の信号がベースライン平坦性の何倍になるか。原理と方式の違いはDSC徹底解説に書いた。

TGA:分岐はブランクの再現性(1 節)と炉・るつぼにある。TA のブローシャの Pan Specifications によれば、白金るつぼは室温〜1000 ℃、セラミックるつぼは室温〜1200 ℃、アルミパンは室温〜600 ℃で「使い捨て、揮発を防ぐため事前に密封できる」とある。測りたい温度域が、るつぼの上限で決まる。測定条件の設計はTGA徹底解説を参照。

STA(同時熱分析):分岐は「同一試料で同時に測る必要が本当にあるか」である。分解と吸熱を同じ試料で対応づけたいなら STA が要る。別々でよいなら、専用機 2 台のほうが各信号の質は高くなる。装置工学と機種比較はSTA(同時熱分析)とEGA徹底解説に詳しい。

TMA・DMA:分岐は試料形状とクランプ(治具)にある。DMA 850 の仕様で見たとおり、ひずみ分解能は 0.1 nm でも弾性率精密さは ±1 % で、その差の大半はクランプと試料寸法に由来する。買うべきクランプが揃っているかが、本体スペックより効く。モード選択の実務はTMA・DMAの実務にまとめた。

全手法に共通:温度校正をどの標準物質で、どの頻度で行うか。局方〈2.52〉はインジウム・スズ・亜鉛(DSC)とニッケルのキュリー温度(TGA)を挙げている。装置に自動校正機能があるかどうかは、ルーチン運用の工数に直結する。詳細は熱分析の校正とトラブルシューティングへ。

分析者の視点 ― デモ機に持ち込むもの

装置選定の最終判断は、カタログではなくデモ測定で決めるべきである。そのとき何を持ち込むかを、本稿の内容から具体化する。

  1. 自分の試料(最も測りにくいもの)。よく測る試料ではなく、いちばん信号が小さい試料を持ち込む。7 節の計算で ΔP が最小になるものである。それが見えれば他は全部見える。
  2. 空のパン/るつぼ。TGA なら、空るつぼで同じ温度プログラムを 3 回回してもらう。1 回目と 3 回目の差が、その装置の実力としてのベースライン再現性である。仕様表の「ベースライン差し引きなしのドリフト」より、こちらのほうが実務に直結する。
  3. 実際に使う昇温・冷却速度。デモでは速い条件で見栄えのするデータが出やすい。自分が使う速度を指定する。冷却装置の下限は 6 節のとおり速度依存である。
  4. 同じ条件を各社に指定する。5 節のとおり、カタログの項目は各社で揃っていない。条件を揃えたデモ結果だけが横並びで比較できる。

そのうえで、見積もりに現れない費用を確認する。液体窒素を使う構成なら消費量と供給体制、機械式冷凍なら設置スペースと排熱、るつぼが使い捨てなら年間の消耗品費。装置の価格差より、5 年間の消耗品費のほうが大きくなることがある。

最後に、本稿の主題をもう一度書いておく。仕様表で比べるべきは、分解能ではなくベースラインと確度である。そして、その数字が自分の試料の信号の何分の一かを計算してはじめて、選定の判断ができる。

まとめ

  • TA Instruments の TGA 仕様表は、分解能 0.1 µg と重量ベースラインドリフト <25 µg(室温〜1000 ℃、ベースライン差し引きなし)を同じ表に並べて書いている。250 倍の差がある。機種間の性能差も、分解能ではなくドリフト側についている。
  • 試料 10 mg なら、このドリフトは 0.25 % に相当する。局方が TG を乾燥減量試験法〈2.41〉の別法として認めていることを踏まえると、規格値と同じオーダーの誤差を装置が作ることになる。
  • 「分解能」「精密さ」「確度」は別の量である。DSC 2500 は温度精密さ ±0.005 ℃ に対し温度確度 ±0.025 ℃、DMA 850 はひずみ分解能 0.1 nm に対し弾性率精密さ ±1 %。カタログで目立つのは常に分解能のほうである。
  • 仕様値には測定条件がついている。NETZSCH は感度指標の脚注に「試料 10 mg、10 K/min、窒素」と明記している。局方〈2.52〉も感度を規格ではなく測定ごとの報告項目として扱っている。
  • 同じ機種の 2 資料で、エンタルピー精密さが「< 0.05 %」と「±0.05 〜 ±0.2 %」に食い違う例がある。幅を示しているほうを採る。
  • メーカーが違うと項目そのものが違う。TA の「ベースライン平坦性 <100 µW」と NETZSCH の「Resolution (technical) 0.1 µW」は別の量であり、同じ列に並べてはいけない。
  • 冷却装置の「-90 ℃」は 1 ℃/min のときの下限で、10 ℃/min では -50 ℃ である。型番の数字は最も遅い条件でだけ到達する。
  • 選定の判断は、ΔP = ΔCp × m × β で自分の信号を µW に換算し、仕様表のベースライン値と比べれば出る。樹脂分 10 % の複合材を 10 mg・10 ℃/min で測ると約 42 µW で、これはエントリー機のベースライン平坦性 <100 µW を下回る。

未確認・限界

  • NETZSCH の 2 資料の公式 URL を確定できていない。筆者の環境から netzsch.com は HTTP 403 で直接取得できず、文書は二次的な経路で全文を取得した。内容は NETZSCH の正規の製品資料だが、URL による直接検証はできていない(4 節の注記参照)。
  • TA Instruments のブローシャは 2016 年版のファイル名を持つ。Discovery シリーズの現行仕様は改訂されている可能性がある。実際、別の資料では Discovery TGA 5500 の分解能を 0.008 µg(8 ng)とする記載も見られたが、原典を確認できなかったため本稿では採用していない。見積もり時には必ず最新版の仕様書を取り寄せること。
  • 7 節の計算はすべて筆者による概算である。ΔCp = 0.25 J/(g·K) は汎用非晶性樹脂の典型値として置いた仮定値で、実際の材料では 0.2 〜 0.3 J/(g·K) の幅がある。また、ベースライン平坦性は系統誤差、繰り返し性はばらつきであり、信号との比較は「同じオーダーかどうか」の目安として扱うべきで、検出限界の厳密な計算ではない。
  • 価格・ランニングコストの具体的な数値は本稿では扱っていない。メーカー公表の価格情報が得られず、液体窒素消費量の公称値も確認できなかった。
  • 本稿は仕様表の読み方に絞ったため、オートサンプラー・ソフトウェア・データインテグリティ対応(監査証跡等)といった運用面の選定基準は扱っていない。規制環境で使う装置では、これらが選定を左右することがある。

用語集

  • 分解能(resolution):装置が読み分けられる最小の差。TGA なら天秤が区別できる最小の質量差、DMA ならひずみの最小読み取り単位。
  • 精密さ(precision):同じ測定を繰り返したときのばらつきの小ささ。真の値に近いかどうかは問わない。
  • 確度(accuracy):測定値が真の値からどれだけずれていないか。校正の質で決まる。
  • ベースラインドリフト:試料に何も起きていないのに、信号が時間や温度とともに動いていくこと。TGA では主に浮力が原因。
  • ベースライン平坦性(baseline flatness):DSC で試料なしのときのベースラインがどれだけ曲がるかを示す量。系統誤差にあたる。
  • ベースライン繰り返し性(baseline repeatability):同じベースライン測定を繰り返したときの一致度。
  • 浮力効果:加熱によって炉内の気体密度が下がり、るつぼが受ける浮力が減るため、見かけの質量が増える現象。
  • ブランク(空焼き):試料を入れない空のるつぼで同じ温度プログラムを測り、測定値から差し引くこと。
  • ΔCp(比熱変化):ガラス転移で生じる比熱の跳び。単位は J/(g·K)。Tg の信号の大きさを決める。
  • RCS(Refrigerated Cooling System):液体窒素を使わない機械式の冷却装置。到達温度で RCS 40 / 90 / 120 などに分かれる。
  • MDSC(温度変調DSC):昇温に周期的な変調を重ねて、可逆・不可逆の熱流成分を分離する手法。
  • キュリー温度:強磁性体が常磁性に変わる温度。TGA の温度校正に使う(局方はニッケルを例示)。

出典

  1. TA Instruments「HIGH PERFORMANCE TGA SYSTEMS that deliver the ...」(Discovery TGA ブローシャ、Instrument & Pan Specifications 節) https://www.tainstruments.com/wp-content/uploads/BROCH-DTGA-2016-En.pdf
  2. TA Instruments「DISCOVER the WORLD'S FINEST line of DIFFERENTIAL SCANNING CALORIMETERS」(Discovery DSC ブローシャ、Specifications 節・Cooling Systems 節) https://www.tainstruments.com/wp-content/uploads/Discovery-DSC-2016.pdf
  3. TA Instruments「DMA 850 Dynamic Mechanical Analyzer」製品仕様 https://www.tainstruments.com/dma-850/
  4. NETZSCH Analyzing & Testing「Technical Specifications - DSC 214 Polyma」および「DSC 214 Polyma」製品パンフレット内 Technical Key Data(公式 URL 未確定。ミラー: https://www.scribd.com/document/517496804/DSC-214-Polyma-en-Web)
  5. 第十九改正日本薬局方 一般試験法〈2.52〉熱分析法(厚生労働省、2026年4月10日告示・同日適用)― 三薬局方調和。DSC の測定結果に併記する 7 項目(「装置と記録計の感度」を含む)、TG を乾燥減量試験法〈2.41〉・水分測定法〈2.48〉の別法として用いる規定(◇日本独自◇)、温度校正の標準物質。 https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001689414.pdf

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