STA・EGA徹底解説 ― 回収された CO₂ は初期質量の 138 %、それでも理論値の 44 % しかない【2026年版】
熱分析

STA・EGA徹底解説 ― 回収された CO₂ は初期質量の 138 %、それでも理論値の 44 % しかない【2026年版】

STA(同時熱分析=TGA-DSC/DTA同時測定)とEGA(発生ガス分析=TGA-MS・TGA-FTIR)を装置工学の視点で深掘り。同一試料で質量と熱流を同時に測る仕組み(DTA型と定量DSCセンサーの違い・浮力補正・温度/エンタルピー較正)、NETZSCH STA 449 Jupiter/TA Instruments Discovery SDT 650/METTLER TOLEDO TGA/DSC 3+/PerkinElmer STA 8000/Hitachi NEXTA STAの現行ライン比較、EGAのインターフェース(キャピラリー結合とスキマー結合の違い・転送ライン加熱)、PulseTAによる定量EGA、そしてGFRP分解・ポリマー燃焼のCO2定量・医薬品脱溶媒・食用油の熱酸化・石膏の脱水分解まで、Rigaku Journalの実測値に基づく応用を整理する。TGA単体の先にある「複合測定」の実践知。

TGA(熱重量測定)は「いつ・どれだけ重さが変わったか」を教えてくれます。しかし現場では、その質量減少が分解なのか融解なのか、そして抜けたガスが何なのかまで一度に知りたい場面がほとんどです。それを可能にするのが、TGAにDSC/DTAを同居させた STA(同時熱分析) と、発生したガスをMSやFTIRへ送って同定する EGA(発生ガス分析) です。本記事はTGA徹底解説・DSC徹底解説・熱分析の俯瞰記事の続編として、「単体測定の先にある複合測定」を装置工学の視点から深掘りします。

この記事の読み方

  • 現場の分析者・研究者の方:STAで質量と熱を同時に測る仕組み(DTA型と定量DSCセンサーの違い、浮力補正、較正)、EGAのインターフェース選択(キャピラリー結合とスキマー結合)、転送ラインの加熱、PulseTAによる定量化、そして実測値ベースの応用を中心に。
  • 入門者の方:専門用語は初出時に補足しています。まず「なぜ同時・複合なのか」と「STAの仕組み」を押さえると全体像がつかめます。TGA・DSCの基礎は上記の各記事を先にどうぞ。

用語補足:STA(Simultaneous Thermal Analysis、同時熱分析)=同一試料・同一条件でTGAとDSC(またはDTA)を同時に測る手法。EGA(Evolved Gas Analysis、発生ガス分析)=加熱中に発生したガスを分析機器(MS・FTIR・GC/MS)に導いて同定する手法群。ハイフネーション=熱分析と分光・質量分析を「結合(hyphenate)」して連結運用すること。

なぜ「同時」「複合」なのか

TGA単体・DSC単体・EGA単体の欠落と、STA+EGAで埋まる領域を示すベン図
図解:単体測定では情報が欠落する。STA+EGAは同一試料・同一条件で質量・熱・ガスを同期させる。

熱分析を単体で使うと、必ず情報の欠落が生じます。TGAは質量変化を伴わない融解・ガラス転移を見られず、DSCは吸熱・発熱の「正体」を質量と結びつけられず、どちらも「何のガスが抜けたか」は分かりません。これらを別々の装置で別々に測ると、試料の不均一性・秤量誤差・熱接触の差・局所的な蒸気圧やガス流の違い・昇温速度のずれが必ず混入し、曲線同士を正確に重ねられなくなります。

STAとEGAの本質は、同一試料・同一温度プログラムから複数の物理量を同時に取得し、時間軸で厳密に相関させる点にあります。たとえば「吸熱を伴う質量減少」は分解、「質量変化のない吸熱」は融解、「発熱を伴う質量増加」は酸化、と一度の測定で切り分けられます。さらにEGAを連結すれば、その質量減少が「何が抜けた結果なのか」まで同定できます。

知りたいこと TGA単体 DSC単体 STA(同時) STA+EGA
質量変化(分解・揮発・酸化) ○ × ○ ○
熱イベント(融解・Tg・反応熱) × ○ ○ ○
「分解か融解か」の判別 × × ○ ○
抜けたガスの同定 × × × ○
試料間ばらつきの排除 — — ○(同一試料) ○

STAの装置工学——質量と熱を同時に測るということ

DTA型と定量DSC型の違い、浮力効果とブランク補正、温度・エンタルピーの二重較正を示す模式図
図解:DTA型(ΔT)と定量DSC型(mW)の違い、浮力効果のブランク補正、温度・熱量の二重較正。

STAの難しさは「精密天秤の上で、同時に熱量センサーを成立させる」ことに尽きます。TGAの天秤は微小な質量変化(µgオーダー)を捉えるため機械的に極めて敏感で、そこにDSC/DTAセンサーと熱電対の配線を載せても秤量を乱さない構造設計が要ります。各社の作り込みがここに表れます。

DTA型と「定量DSC」型の違い

STAで得られる熱情報には2つのレベルがあります。

  • DTA(示差熱分析)型:試料と基準物質の温度差(ΔT)を測る。吸熱・発熱の向きとピーク位置は分かるが、熱量(J/g)の定量精度は限定的。高温域(〜1500℃超)の構成で多い。
  • 定量DSC型:較正済みのセンサーで熱流(mW)を定量する。融解熱・反応熱・比熱まで数値で出せる。

同じ「STA」でも、装置・センサー構成によって「向きだけ分かるDTA」なのか「熱量まで出る定量DSC」なのかが変わります。カタログの“DSC”表記がΔT換算なのか真の熱流定量なのかは要確認です。たとえばNETZSCHはTGA-DSCセンサー/TGA-DSC-cpセンサーを用意し、TGAと同時に定量DSC測定を、cp版ではさらに比熱容量の高精度決定を可能にしています(NETZSCH)。一方でShimadzu DTG-60シリーズはTG+DTAの同時測定(DTA型)です(Shimadzu)。

用語補足:比熱容量(cp)=単位質量の物質を1℃上げるのに必要な熱量。材料の熱設計や反応熱の規格化に使う基礎量で、専用センサーがないとSTAでは取りにくい。

浮力効果とブランク補正

STA/TGAで見落とされがちなのが浮力効果です。温度が上がると炉内ガスの密度が下がり、試料・パンが受ける浮力が変化するため、実際には質量が変わっていなくても見かけの質量がわずかに増減します。これは高精度な熱重量測定における最大の系統誤差要因のひとつです。原理的には、見かけの重量 w から真の質量 m へ、空気密度・分銅密度・試料密度の比で補正します。空気密度は気圧・温度・湿度の関数で、海面レベルの標準条件下では約0.0012 g/cm³。高地では気圧低下で浮力が変わるため、設置環境まで含めた管理が要ります。

実務上は、この浮力に加えてガス流・熱起電力のドリフトをまとめて打ち消すために、ブランク測定(空パンでの同条件測定)を行い、そのベースラインを差し引きます。STAでは天秤系とセンサー系の両方にこの補正が効くため、ブランクの再現性が定量精度を左右します。

温度・エンタルピー較正

STAは「温度軸」と「熱量軸」の二重の較正が必要です。

  • 温度較正:融点が既知の金属標準(In, Sn, Zn, Al, Au など)の融解オンセットを基準に温度目盛を合わせる。高温域ではTGA特有のキュリー点較正(強磁性体の磁気転移を磁場下の見かけ質量変化として検出)も併用できる。
  • エンタルピー(熱量)較正:同じ金属標準の既知の融解熱を使い、DSC信号(mW)を熱量(J/g)に変換する感度係数を求める。この感度は温度依存性をもつため、使用温度域全体で較正する。

各社は較正の自動化・温度依存補正に注力しており、たとえばMETTLER TOLEDOは内蔵の自動較正分銅と位置非依存の秤量機構を備えています(METTLER TOLEDO)。

主要STA機の比較——2026年の現行ライン

NETZSCH・TA Instruments・METTLER TOLEDO・PerkinElmer・Hitachi・Shimadzuの温度域とコア技術の比較表
図解:主要STA機の温度域・コア技術・EGA拡張性の比較(数値は各社公式公表値)。

同時測定を支える主要機を、確認できた公式スペックとともに整理します(型番・数値は各社公式の公表値。構成・改訂で変わります)。

メーカー 主力機種 温度域 同時熱情報 特徴(公式公表値)
NETZSCH STA 449 F1 Jupiter 〜2000℃級 定量DSC / DTA(交換式センサー) 天秤分解能 25 ng(5 g秤量範囲)、Quick-Connectでセンサーを数秒交換、QMS 403 Aëolos・FT-IR連結対応
NETZSCH STA 449 F3 Jupiter −150〜2400℃ 定量DSC / DTA(交換式センサー) 広温度域、SKIMMER炉によるEGA直結に対応
TA Instruments Discovery SDT 650 室温〜1500℃ 真の同時DSC+TGA 同時DSC/TGAとして初めて Modulated DSC®・Modulated TGA™・Hi-Res™ TGA を搭載。熱量精度±2%、昇温0.1〜100℃/min、デュアル試料で2検体同時TGA
METTLER TOLEDO TGA/DSC 3+ 22〜1600℃ DSC / DTA / SDTA(センサー選択) 最大5 g・分解能0.1 µg、位置非依存秤量、内蔵自動較正分銅
PerkinElmer STA 8000 15〜1600℃ SaTurnA™センサー(試料・基準の温度を独立計測) 上皿天秤(炉下配置で汚染を隔離)、垂直変位センサーで融解時の重心移動に強い。STA 6000は15〜1000℃
Hitachi High-Tech NEXTA STA(STA200/300) 室温〜1100℃/1500℃ DTAからDSCへ進化した同時測定 水平差動(デュアルビーム)天秤、Real View®カメラで試料の形状・色変化をリアルタイム観察し熱データと時刻同期
Shimadzu DTG-60 シリーズ 〜1100℃級 TG+DTA(DTA型) TG-FTIR連結に最適化した構成

ポイントは、「広温度域・定量DSC・天秤分解能・EGA直結のしやすさ」のどれを優先するかで選択が分かれることです。たとえば無機・セラミックの高温分解ならNETZSCH F3の2400℃級、変調技術で重なったイベントを分離したいならTA SDT 650、試料の見た目変化を押さえたいならHitachiのReal View、というように用途が機種選定に直結します。

EGAの装置工学——発生ガスを「冷やさず・薄めず」運ぶ

全経路加熱と、キャピラリー結合(汎用)とスキマー結合(凝縮対策)の構造の違いを示す模式図
図解:全経路加熱でコールドスポットを排除。汎用はキャピラリー結合、凝縮性試料はスキマー結合。

EGAの成否は、炉で発生したガスを凝縮させず・希釈せず・遅延を抑えて分析計へ届けられるかで決まります。ここで効くのがインターフェース(結合方式)と転送ラインの設計です。

転送ラインは全経路を加熱する

発生ガスを運ぶ転送ラインは、途中で温度が下がる「コールドスポット」があると、高沸点成分がそこで凝縮・吸着して検出から消えてしまいます。そのため全経路を加熱するのが鉄則です。FTIR連結では、転送ラインを低容量・短経路にして希釈を抑え、応答を速くする設計が採られます(NETZSCH)。

キャピラリー結合とスキマー結合の違い

MS連結には大きく2方式があり、試料ガスの性質で選びます。

  • キャピラリー結合:加熱した細管(キャピラリー)で発生ガスを質量分析計へ導く汎用方式。NETZSCHのQMS 505 Aëolosなどがこの方式で、幅広い試料に使えます(NETZSCH)。
  • スキマー結合:金属・塩・高沸点有機物など凝縮しやすい試料のための特殊方式。ガスの受け渡しを試料とほぼ同じ温度で行い、垂直方向のガス流と「試料〜スキマーオリフィス間の距離を最小化」する構造で、凝縮の問題を原理的に回避します(NETZSCH)。

つまり「ふつうの有機物・ポリマーならキャピラリーで十分、無機塩や金属の高温分解で蒸気が固まりやすいならスキマー」という棲み分けです。何を測るかでインターフェースを選ぶのがEGAの第一歩になります。

FTIRとMS、どちらに送るか

  • MS(質量分析):質量電荷比(m/z)で微量ガスまで高感度に検出。リアルタイム性が高い。ただし雰囲気ガスの切り替えで信号強度が変動しやすい。

EGA 用の質量分析計は、汎用の MS とは狙いが違います。TA Instruments の Discovery MS(EGA 専用に最適化した卓上四重極型)の仕様は次のとおりです。

項目 仕様
質量範囲 1 – 300 amu
質量分解能 >0.5 amu
感度 < 100 ppb(ガス依存)
イオン化 電子イオン化(EI)
検出器 デュアル(ファラデー+二次電子増倍管)
試料圧力 1 atm(公称)
データ収集モード バーグラフ、ピークジャンプ

(TA Instruments の TGA ブローシャより。訳は筆者)

質量範囲が 1〜300 amu と狭いのは、狙いが分解生成ガスの同定だからです。高分子そのものを見るのではなく、そこから出てくる小さな分子を追う。感度の「ガス依存」という但し書きも重要で、100 ppb という数字はガス種によって変わります。

そして同ブローシャには、EGA がなぜ必要かを一目で示す実例が載っています。エンジニアリングプラスチックの PPO(ポリフェニレンオキシド)を窒素中で分解させた測定です。

TGA shows a monotonic weight loss step; however, the mass spectroscopy data presents the detection of several decomposition entities that range in mass to charge ratios of 65 to 136 amu, which is the molecular ion of the repeating unit.

(TGA は単調な 1 段の質量減少を示す。しかし質量分析のデータは、m/z 65 から 136 の範囲にわたる複数の分解生成物の検出を示している。136 は繰り返し単位の分子イオンである。訳・強調は筆者)

TGA 曲線の上では「1 段の減少」でしかない現象が、MS では複数の分解種として分かれて見えます。質量というスカラー量だけを追っていると、その内側で何種類の分子が抜けているかは原理的に分かりません。これが EGA を連結する理由そのものです(熱分析とは?DSC・TGA・TMA・DMAの「何が見えないか」の表も参照)。 - FTIR(赤外):官能基の情報が得られ、分子種の構造的同定に強い。Rigakuの報告では、雰囲気を測定中に切り替えても信号強度が安定し、ガスセルの光路長が固定なので発生量に対するスペクトル強度が一定という、MSに対するFTIRの利点が示されています(Rigaku Journal 2025)。両者をSTA-FTIR-MSとして三連結すれば、官能基情報(FTIR)とm/z情報(MS)を同時に取れます。

定量EGA——「何が」だけでなく「どれだけ」へ

PulseTAで較正ガスをパルス注入しMS/FTIR信号を絶対量へ換算する定量化の流れ
図解:PulseTAと化学量論標準で「定性(何が出たか)」から「定量(何mg出たか)」へ。

EGAは本来「何が出たか(定性)」の手法ですが、近年は「どれだけ出たか(定量)」へ広がっています。鍵は較正です。

  • PulseTA®:1990年代半ばにETH ZürichのM. Maciejewski(A. Baiker教授の研究室)が開発した手法で、既知量の較正ガスをパルス状に試料ガス流へ注入し、そのMS/FTIR信号応答から「信号→絶対量」の換算を確立します。CaC₂O₄(シュウ酸カルシウム)などの分解反応の定量にも適用されています(Maciejewski & Baiker)。
  • 化学量論標準による較正:Rigakuはシュウ酸カルシウム一水和物(CaC₂O₄·H₂O)を較正標準に用います。脱水と脱炭酸が化学量論どおりに進むため、放出されるH₂O・CO・CO₂のピーク面積から検量線を作れます(Rigaku Journal 2025)。

この定量化があると、後述の「ポリマー燃焼で出るCO₂を実数で見積もる」といった応用が可能になります。

その数字は化学量論で検算できる ― そして合わない

定量EGAで数値が出たら、化学量論で検算するべきです。後述の HDPE(高密度ポリエチレン)の例では、空気中の加熱で初期質量に対し H₂O 78 %・CO₂ 138 % が発生したと報告されています。この 138 % という数字は一見おかしく見えますが、燃焼では空気中の酸素が生成物に取り込まれるので、100 % を超えるのは当たり前です。

問題はそこではありません。理論値と比べると足りないのです。以下は筆者の計算です。

ポリエチレンの繰り返し単位 C₂H₄(式量 28.05)が完全燃焼する場合、化学反応式は次のようになります。

C₂H₄ + 3O₂ → 2CO₂ + 2H₂O

生成物の質量を、もとの C₂H₄ の質量で割ると:

生成物 理論収量(初期質量比) Rigaku の実測 実測/理論
CO₂(式量 44.01 × 2 = 88.02) 313.7 % 138 % 44 %
H₂O(式量 18.02 × 2 = 36.03) 128.4 % 78 % 61 %

(筆者の計算。88.02 ÷ 28.05 = 3.137、36.03 ÷ 28.05 = 1.284)

完全燃焼していれば CO₂ は初期質量の 3 倍以上出るはずで、実測はその半分にも届いていません。そして興味深いのは、H₂O(61 %)のほうが CO₂(44 %)より回収率が高いことです。

考えられる原因はいくつかあります。炭素の一部が炭化残渣や CO として残って CO₂ にならなかった(不完全燃焼)、転送ラインや光路で失われた、検量線に使ったシュウ酸カルシウム一水和物と試料ガスで検出効率が違う、あるいは測定を打ち切った温度までに反応が終わっていなかった。原典はこの差分について言及していないため、どれが主要因かは本記事では判定できません。

それでも、この検算には実務的な意味があります。

  • 回収率が分かれば、その定量値をどう使えるかが決まる。「CO₂ 排出量の推定」に使うなら、44 % しか回収できていない値をそのまま報告するわけにはいきません。
  • 化学量論が分かっている試料は、それ自体が検量線の妥当性チェックになる。シュウ酸カルシウム一水和物を標準に使うのと同じ理屈で、組成が既知のポリマーを流して回収率を実測しておくと、その装置構成で定量値がどれだけ過小になるかを把握できます。

💡 入門者向け:「初期質量の 138 %」のように 100 % を超える値が出るのは、測っているのが「残った質量の割合」ではなく「発生したガスの質量」だからです。燃焼では酸素が外から加わるので、出ていくガスの総質量は元の試料より重くなります。TGA 曲線(残存質量)と EGA の定量値(発生量)は、別の量を別の基準で見ていることに注意してください。

「同時・複合だから解ける」応用例——Rigakuの実測から

高分子の分解と燃焼、医薬の脱溶媒と油脂酸化、無機の高温多段階反応というTG-FTIR応用例のまとめ
図解:複合測定の応用例——高分子の分解・燃焼、医薬脱溶媒・油脂酸化、高温の多段階反応。

ここでは、Rigaku Journal 41(1), 2025(著者:Hosoi)で報告されたTG-FTIR(STA=TG+DTAにFTIRを連結)の実測例を、数値とともに紹介します。いずれも「質量・熱・ガス種を同時に見るからこそ解釈できた」ケースです。

高分子:分解と燃焼を1回で追う

  • GFRP(ガラス繊維強化プラスチック):黒色GFRPをN₂雰囲気で加熱すると、約400℃から高分子マトリックスの熱分解で28%の質量減少が始まり、FTIRでビスフェノールAが検出されました(=エポキシ樹脂が母材である証拠)。その後700℃で雰囲気を乾燥空気に切り替えると、鋭い発熱ピークとともに3%の質量減少が起き、炭化残渣が燃焼してガラス繊維だけが残り、CO₂が検出されました。
  • ポリマー燃焼のCO₂定量:高密度ポリエチレン(HDPE)を空気中で加熱すると350℃から質量減少と発熱が始まり、シュウ酸カルシウム一水和物の検量線で定量したところ、初期質量に対しH₂O 78%・CO₂ 138%が発生しました。こうした実数は、プラスチック廃棄物焼却時のCO₂排出量推定に直接使えます。
  • PVC(ポリ塩化ビニル):可塑剤DEHPを含むPVCをN₂中で加熱すると、200〜350℃で質量減少が起き、発生ガス全体の挙動を示すGram-Schmidt曲線に280℃と300℃の2ピークが現れました。280℃はDEHPとCO₂、300℃ではPVC分解由来のHClが検出され、「可塑剤がまず脱離し、続いて樹脂本体が分解する」順序が明確に分離できました。

医薬品・食品:脱溶媒と酸化をリアルタイムで

  • トレハロース二水和物:N₂中で加熱すると200℃以下で9.3%の質量減少と2つの吸熱ピークが現れ、FTIRで発生ガスがH₂Oと同定されました(質量減少と化学量論的に整合=脱水)。日本薬局方の乾燥減量試験(LOD)が「どれだけ減ったか」しか言えないのに対し、EGAは「減った正体が水である」ことまで示せる高度な補完手法です。
  • 食用油(アマニ油)の熱酸化:乾燥空気中で加熱すると150℃以上でDTAが発熱側へシフトし、質量減少の前に微小な質量増加(酸素の取り込み)が観察され、試料は黄変。230℃の発生ガスにはCO₂とアルデヒドが見られました。さらにATR-FTIRで加熱前後を比べると、不飽和脂肪酸がシス型から有害なトランス型へ変化する挙動まで捉えられています。

無機材料:高温の分解メカニズムを段階的に

  • 石膏(二水和物):N₂中で1400℃まで加熱すると、100〜200℃で20%の質量減少(吸熱、H₂O放出=脱水)、360℃で発熱(無水石膏III→II)、1220℃で吸熱(無水石膏II→I)、そして1100〜1400℃で47%の質量減少とともにSO₂が放出され、無水石膏が分解しました。
  • カーボン混合石膏の反応:石膏とカーボン粉末の混合物をN₂中で加熱すると、700〜1000℃で質量減少と吸熱が起き、930℃でCO₂、980℃でSO₂が順に放出。この順序から、次の2段階反応が特定されました(廃石膏ボードをCaSへ転換するリサイクルの基礎)。
    1. CaSO₄ + 2C → CaS + 2CO₂(CO₂を放出する還元反応)
    2. 3CaSO₄ + CaS → 4CaO + 4SO₂(SO₂を放出する高温分解)

強みと限界——使い分けの指針

STA+EGAは万能ではありません。「複合で得られる情報量」と「単体測定の手軽さ・最適化のしやすさ」のトレードオフを理解して選ぶのが現場の勘所です。

  • STAの強み:同一試料で質量と熱を同時に取り、試料間ばらつきを排除して「分解か融解か」を一発で切り分けられる。
  • STAの限界:天秤の上にDSCを載せる構造上、純粋なDSC専用機ほどの熱量感度・分解能は出にくい。微小なTgや弱い転移を精密に測りたいならDSC専用機が有利。
  • EGAの強み:質量減少の「正体」をガス種として同定でき、PulseTAや化学量論標準で定量まで踏み込める。
  • EGAの限界:転送ラインの加熱・遅延・希釈の管理が必要で、凝縮性試料ではインターフェース選択(スキマー)を誤ると検出から消える。MSは雰囲気変化に弱く、FTIRは微量検出でMSに劣る場面がある——だから三連結という発想が出てくる。

分析者の視点——導入と運用で効く勘所

  • まず「何を切り分けたいか」から機種を選ぶ:高温無機ならNETZSCH F3の2400℃級+スキマー、重なったイベント分離ならTA SDT 650の変調技術、見た目変化が重要ならHitachi Real View、と目的が選定を決める。
  • EGAは結合方式が命:汎用キャピラリーか、凝縮対策のスキマーか。試料が「冷えると固まる」性質なら最初からスキマーを検討する。
  • 定量を狙うなら標準を決め打つ:シュウ酸カルシウム一水和物のような化学量論標準やPulseTAを運用に組み込むと、「出た/出ない」から「何mg出た」へ解像度が上がる。
  • ブランクと較正を軽視しない:浮力・ドリフトのブランク補正、温度とエンタルピーの二重較正がそろって初めて、STAの数値は他者と比較できるデータになる。

まとめ

  • STAは「質量(TGA)と熱(DSC/DTA)を同一試料で同時に測る」ことで、分解・融解・酸化を一度に切り分けます。そこにEGA(TGA-MS/TGA-FTIR)を連結すると、「抜けたガスが何か」「どれだけか」まで届きます。
  • 質量というスカラー量だけでは、中で何種類の分子が抜けているかは原理的に分かりません。PPO の例では、TGA が単調な 1 段の減少を示す一方、MS は m/z 65〜136 の複数の分解種を検出しています。これが連結する理由そのものです。
  • 装置工学の要点は、定量DSCか否か・浮力とブランクの補正・二重較正(STA側)と、転送ラインの加熱・キャピラリー/スキマーの選択・FTIRとMSの役割分担(EGA側)。コールドスポットがあれば高沸点成分はそこで消えます。
  • 定量EGAの値は化学量論で検算する。HDPE の実測(H₂O 78 %・CO₂ 138 %)は、100 % を超えている点は燃焼として当然ですが、完全燃焼の理論値(CO₂ 313.7 %・H₂O 128.4 %)に対しては 44 % / 61 % にすぎません。回収率を把握しないまま排出量推定に使うことはできません。
  • PulseTAや化学量論標準による定量化が、Rigakuの実測(GFRPのビスフェノールA、PVCのHCl、トレハロースの脱水、石膏の段階分解)のように「複合だから解ける」解析を支えています。TGA単体で行き詰まったら、次の一手は「同時」と「連結」です。

未確認・限界

  • HDPE の回収率(CO₂ 44 %・H₂O 61 %)の内訳は判定できていない。不完全燃焼による炭化残渣や CO の生成、転送ライン・光路での損失、検量線に用いたシュウ酸カルシウム一水和物と試料ガスの検出効率の違い、測定打ち切り温度までに反応が完了していない可能性——いずれもありうるが、原典はこの差分に言及していない。本記事の理論値は筆者が化学量論から計算したものである。
  • Rigaku Journal の応用例はすべて同社装置での実測値であり、他社装置や他の測定条件で同じ数値が得られることを保証するものではない。
  • Discovery MS の「感度 < 100 ppb」はガス依存と原典自身が但し書きを付けている。対象ガス種ごとの実測値は示されていない。
  • キャピラリー結合とスキマー結合を同一試料で比較した定量データは確認できていない。本記事の棲み分け(有機物・ポリマーはキャピラリー、凝縮性の無機塩・金属はスキマー)は、メーカーの設計意図の記述に基づく定性的な整理である。
  • STA の DSC 感度が専用 DSC 機に対してどれだけ劣るかを、同一条件で比較した数値は掲載していない。構造上のトレードオフとして定性的に述べるにとどめた(熱分析装置の選び方の 8 節も参照)。
  • 各社の機種仕様は初出時(2026-06-30)に公式資料で確認したもので、その後の改訂は追えていない。

用語集

  • STA(同時熱分析):同一試料・同一条件でTGAとDSC(またはDTA)を同時測定する手法。
  • EGA(発生ガス分析):加熱中に発生したガスをMS・FTIR・GC/MSへ導いて同定・定量する手法群。
  • DTA(示差熱分析):試料と基準の温度差(ΔT)を測る。熱の向きは分かるが熱量定量は限定的。
  • 定量DSC:較正済みセンサーで熱流(mW)を測り、熱量(J/g)を定量する方式。
  • 浮力効果:昇温で炉内ガス密度が下がり、見かけの質量がずれる現象。ブランク補正で打ち消す。
  • 転送ライン:炉から分析計へ発生ガスを運ぶ加熱配管。コールドスポットは凝縮の原因。
  • キャピラリー結合/スキマー結合:EGAのMS接続方式。前者は汎用、後者は凝縮性試料向け。
  • PulseTA®:既知量の較正ガスをパルス注入し、MS/FTIR信号を定量化する手法。
  • Gram-Schmidt曲線:FTIRで発生ガス全体の量的変化を時間軸で示す総合プロファイル。
  • LOD(乾燥減量):薬局方の試験。質量減少量は分かるが、減った成分の同定はEGAが補う。

出典

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2026-09-12 追記:TA Instruments の TGA ブローシャ全文から Discovery MS の仕様と PPO の TGA-MS 実例を加筆し、あわせて HDPE の定量EGA値(CO₂ 138 %)を化学量論で検算して理論値との差(44 %)を示した。理論値の計算は筆者による。未確認・限界の節を新設した。