分析法移管の実務 ― 差の検定で合否を決めると、精度の悪い試験室ほど合格する【2026年版】
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分析法移管の実務 ― 差の検定で合否を決めると、精度の悪い試験室ほど合格する【2026年版】

分析法を他の試験室へ移すとき、「送り手と受け手の測定値に有意差がないこと」を合格条件にする設計をよく見る。これは向きが逆になる。真のバイアスが許容幅ちょうど 2 % ある試料で計算すると、標準偏差 0.25 % の試験室は合格率 0.1 % 未満なのに、標準偏差 5 % の試験室は 93.3 % 合格する。差の検定は精度が悪いほど通りやすい。WHO のガイドラインは判定基準を定めよと要求するが、どう検定するかは指定していない。

分析法を別の試験室へ移すとき、合否をどう決めていますか。

現場でよく見るのは、「送り手と受け手の測定値に統計的な有意差がないこと」という条件です。 両者で同じ試料を測り、t 検定して p > 0.05 なら合格。一見もっともらしく、実際に多くの移管プロトコルが この形をとっています。

これは向きが逆になります。

真のバイアスが許容幅ちょうど 2 % ある試料(つまり「本当は移管してはいけない」ケース)で計算しました。 3 回ずつ測って t 検定した場合の合格確率です。

試験室の標準偏差 合格確率
0.25 % 0.1 % 未満
1.0 % 53.7 %
5.0 % 93.3 %

精度のよい試験室は落ち、精度の悪い試験室は通ります。バイアスの大きさは同じなのにです。

理由は単純で、t 検定は「差がないこと」を証明する道具ではないからです。ばらつきが大きければ 差は検出されません。検出されないことを合格条件にすれば、ばらつきの大きさが合格の条件になります。

この記事は、公的ガイドラインが何を要求して何を要求していないかを確認したうえで、 判定方式ごとの合格確率を計算し、では何回測ればよいのかまでを扱います。

この記事の読み方

本記事の読み進め方を示す図。これから学ぶ方は1〜3節で移管の目的とガイドラインの範囲と差の検定が逆向きになる理由を、これから設計する方は4〜8節で判定方式の比較と必要な繰返し数とプロトコル要件と具体例を読む。数値はすべて筆者の計算である
図解:これから学ぶなら 1〜3 節、設計するなら 4〜8 節。
  • これから学ぶ方:1〜3 節を読んでください。移管とは何をすることか(1 節)、 ガイドラインが決めていること・いないこと(2 節)、そしてなぜ差の検定が逆向きになるか(3 節)。
  • これから設計する方:4〜8 節が実務の核です。3 つの判定方式の比較(4 節)、 必要な繰返し数(5・6 節)、プロトコルに書くこと(7 節)、具体例(8 節)。
  • 本記事の数値はすべて筆者の計算です。統計分布以外に外部から借りたものはありません。 モデルと仮定は 4 節に、限界は末尾に書いています。

1. 移管には 4 つのやり方がある

WHOガイドラインが挙げる分析法移管の4つの方式を示す図。確認試験は既知の値と合うか確認する、比較試験は送り手と受け手が同じ試料を測り比べる、共同バリデーションは同じバリデーションに参加する、文書に基づく知識移転は試験を伴わない。選択する戦略はリスクに基づき科学的に正当化できるものでなければならない
図解:4 つの方式。比較試験がいちばん使われ、落とし穴もここにある。

WHO のガイドライン(TRS 1044, Annex 4, 2022 年)は、分析法の移管をこう位置づけています。

医薬品、出発物質、包装部材、および該当する場合は洗浄(残留物)試料の試験に用いる分析法は、 受け手(RU)がプロセスバリデーション試験の試料を試験する前に、試験室に導入されていなければならない。 分析法の移管は、いくつかの方法によって達成されうる。すなわち確認試験、送り手(SU)と受け手(RU)の 結果の比較試験、試験室間の共同バリデーション、あるいは文書に基づく知識移転である。 選択する戦略はリスクに基づき、科学的に正当化できるものでなければならない。

4 つの選択肢があり、どれを選ぶかは自分で正当化せよ、という構造です。

  • 確認試験(confirmation testing):受け手が規定の試料を測り、既知の値と合うかを確認する
  • 比較試験(comparability testing):送り手と受け手が同じ試料を測り、結果を比べる
  • 共同バリデーション(co-validation):両者が同じバリデーション試験に参加する
  • 文書に基づく知識移転:試験を伴わない移管

このうち 比較試験がいちばんよく使われ、そして冒頭の落とし穴が生じるのもここです。

2. ガイドラインは「判定基準を定めよ」とだけ言う

ガイドラインが決めていることと決めていないことを示す図。WHOは実験計画および判定基準を定めよ、事前に合意せよと要求するが、どう検定するかは指定していない。第十九改正日本薬局方の参考情報を全文検索すると技術移転0件、分析法の移管0件、試験法の移管0件、分析法バリデーション37件、同等性22件。同等性とは必ずしも変更前後の品質特性が全く同じであることを意味するものではなく類似性が高いことである
図解:判定基準を定めよ、とは書いてある。中身は書いていない。

では、判定基準についてガイドラインは何と言っているか。

分析法の移管については、手順を定めたプロトコルと試験移管計画を作成すべきである。 分析法移管プロトコルには次の事項を含めるべきである。……実験計画および判定基準、……

送り手の責務としても、こう書かれています。

実験計画、サンプリング方法および判定基準を定めること

受け手の責務としても、

送り手が提供する分析法をレビューし、移管プロトコルの実行前に判定基準に正式に合意すること

「判定基準を定めよ」「事前に合意せよ」とは繰り返し書かれています。しかし、 その判定基準がどうあるべきか、どういう検定を使うべきかは、どこにも書かれていません。

日本薬局方も同様です。第十九改正日本薬局方の参考情報を全文検索したところ、 「技術移転」「分析法の移管」「試験法の移管」はいずれも 0 件でした (「分析法バリデーション」は 37 件、「同等性」は 22 件)。分析法移管そのものを扱った章はありません。

ただし、同等性という言葉の意味については、参考情報 G3「生物薬品関連」に明快な定義があります。 製造工程を変更したときの評価についての記述ですが、考え方は移管にもそのまま通じます。

同等性/同質性とは、必ずしも変更前後の品質特性が全く同じであることを意味するものではなく、 変更前後の品質特性の類似性が高いこと、ならびに品質特性に何らかの差異があったとしても、 既存の知識から最終製品の有効性・安全性には有害な影響を及ぼさないであろうことが十分に保証できることを 意味する。

同等とは、同一ではない。「差がゼロであること」ではなく「差が許容できる幅に収まっていること」です。 この定義は、統計の言葉に翻訳できます。そして翻訳の仕方を間違えると、冒頭の逆転が起きます。

3. なぜ差の検定は向きが逆になるのか

差の検定と同等性検定の構造を比べた図。t検定の有意差なしは差がないではなく差があるとは言えなかったにすぎない。ばらつきが大きいと差が埋もれるので、精度のよい試験室は落ち精度の悪い試験室は通る。同等性検定は差の90パーセント信頼区間が許容幅プラスマイナスΔの中に完全に収まるかを見るので、下限と上限を正しく評価する
図解:「差がないことを示したい」のに「差があることを示す検定」を使っている。

t 検定が答えているのは「差がある、と言えるか」です。答えが「言えない」だったとき、 それは「差がない」ではなく「差があるとは言えなかった」にすぎません。

そして「言えなかった」理由は 2 つあります。

  1. 本当に差が小さい
  2. ばらつきが大きくて、差が埋もれた

合格条件を「有意差なし」にすると、2 番目の理由でも合格します。だから、

  • 精度のよい試験室は、小さなバイアスでも検出してしまい、落ちる
  • 精度の悪い試験室は、大きなバイアスがあっても検出できず、通る

「差がないことを示したい」のに「差があることを示す検定」を使っている――これが構造的な誤りです。

正しい道具は同等性検定です。「差が許容幅 ±Δ の中に収まっている」ことを積極的に示します。 実務では 差の 90 % 信頼区間が ±Δ に完全に収まれば合格とするのが標準的な形です (TOST:two one-sided tests と等価)。

4. 3 つの判定方式を、合格確率で比べる

真のバイアスが許容幅ちょうど2パーセントのときの合格確率を3つの判定方式で比べた表。n=3では差の検定が標準偏差0.25パーセントで0.001未満から5パーセントで0.933まで上昇し、同等性検定は0.050から0.001未満まで低下し、点推定は0.500から0.336。n=6では差の検定が0.001未満から0.904。精度を10倍悪くすると差の検定はn=3で0.001未満から0.881へ、n=6で0.001未満から0.759へ跳ね上がる
図解:A は精度を捨てれば通る。B は正しく下がる。C はコイン投げ。

計算しました。送り手と受け手が同じロットを n 回ずつ測り、受け手の真の平均が送り手より δ ずれている、 というモデルです。

モデルと仮定

  • 両試験室の測定は正規分布に従い、標準偏差 σ は共通と仮定
  • 許容幅 Δ = 2 %、有意水準 α = 0.05
  • A 差の検定:2 標本 t 検定(両側)で有意差が出なければ合格
  • B 同等性検定:差の 90 % 信頼区間が ±Δ に完全に収まれば合格
  • C 点推定:平均値の差の絶対値が Δ 以下なら合格(信頼区間を見ない)
  • A は非心 t 分布による解析解、B はモンテカルロ(20 万回)、C は正規分布の解析解
  • 試料の均質性、系統的な取り違え、外れ値、分散の不等性は考慮していない

真のバイアスが許容幅ちょうど(δ = 2.0 %)のとき

「本当は移管してはいけない」ケースです。合格確率は低いほど正しい判定になります。

n = 3 回ずつ

σ (%) A 差の検定 B 同等性検定 C 点推定
0.25 < 0.001 0.050 0.500
0.50 0.052 0.050 0.500
1.00 0.537 0.049 0.500
2.00 0.841 0.015 0.493
3.00 0.902 0.003 0.449
5.00 0.933 < 0.001 0.336

n = 6 回ずつ

σ (%) A 差の検定 B 同等性検定 C 点推定
0.25 < 0.001 0.050 0.500
0.50 < 0.001 0.050 0.500
1.00 0.124 0.050 0.500
2.00 0.653 0.027 0.500
3.00 0.818 0.003 0.490
5.00 0.904 < 0.001 0.417

読み取れることが 3 つあります。

第一に、A は σ が大きいほど合格しやすくなります。n = 3 で σ を 0.25 % から 5 % へ 20 倍にすると、 合格確率は 0.1 % 未満から 93.3 % へ跳ね上がります。精度を捨てれば通るという設計です。

第二に、B は σ が大きいほど合格しにくくなります。向きが正しい。しかも δ が許容幅ちょうどのとき、 合格確率は σ によらず 0.05 以下に保たれています。これは偶然ではなく、 同等性検定が「境界にあるものを誤って通す確率」を α に固定するよう作られているからです。

第三に、C は δ = Δ のとき 0.500 です。つまりコイン投げ。点推定だけで判定すると、 許容幅ちょうどのバイアスを半分の確率で見逃します。σ を小さくしても改善しません (0.25 % でも 0.500)。信頼区間を見ないかぎり、この 50 % は動きません。

精度を 10 倍悪くすると何が起きるか

同じ 2 % のバイアスに対して、σ を 0.25 % から 2.5 % へ変えた場合です。

判定方式 n = 3 n = 6
A 差の検定 < 0.001 → 0.881 < 0.001 → 0.759
B 同等性検定 0.050 → 0.007 0.050 → 0.010

A は「ほぼ 0」から「88 %」へ。B は正しく下がります。

5. 正しい方法にも代償がある ― 何回測るか

バイアスがゼロのときの同等性検定の合格確率を標準偏差と繰返し数で示した表。標準偏差1.00パーセントではn=3で0.382、n=6で0.884、n=12で0.998、n=24で1.000。標準偏差2.00パーセントではn=3で0.030、n=24で0.923。同等性検定を採ると必要な繰返し数が精度から逆算される
図解:σ = 1.0 % で n = 3 だと、差がゼロでも 38 % しか合格しない。

同等性検定には弱点もあります。精度が悪いと落ちるので、精度が足りない試験室は 「本当は差がないのに落ちる」ことになります。

バイアスがゼロ(δ = 0、本当は移管してよい)のときの合格確率です。

σ (%) n = 3 n = 6 n = 12 n = 24
0.25 1.000 1.000 1.000 1.000
0.50 0.977 1.000 1.000 1.000
1.00 0.382 0.884 0.998 1.000
1.50 0.099 0.401 0.871 0.996
2.00 0.030 0.110 0.533 0.923

σ = 1.0 %(許容幅の半分)で n = 3 だと、差がゼロでも 38 % しか合格しません。 n = 6 にして 88 %、n = 12 で 99.8 % です。

σ = 2.0 %(許容幅と同じ)になると、n = 24 でようやく 92 %。

つまり 同等性検定を採ると、必要な繰返し数が精度から逆算されます。これは面倒ではなく、 必要な情報が事前に分かるということです。差の検定にはこの機能がありません。

6. 必要な繰返し数は、許容幅と精度の比で決まる

同等性検定に80パーセントの確率で合格するのに必要な繰返し数を、標準偏差と許容幅の比ごとに示した表と横棒グラフ。比が0.1で2回、0.2で2回、0.3で3回、0.4で4回、0.5で6回、0.6で7回、0.7で10回。移管計画時に比を計算し0.5を超えていたら繰返し数を増やすか許容幅を見直すか精度を上げるかを事前に決める
図解:σ/Δ が 0.5 を超えたあたりから、必要数が急に増える。

δ = 0 のとき、同等性検定に 80 % の確率で合格するのに必要な n を計算しました。

σ / Δ σ (%)(Δ = 2 % のとき) 必要な n
0.1 0.20 2
0.2 0.40 2
0.3 0.60 3
0.4 0.80 4
0.5 1.00 6
0.6 1.20 7
0.7 1.40 10

効くのは σ そのものではなく、σ と許容幅 Δ の比です。

そして σ/Δ が 0.5 を超えたあたりから、必要数が急に増えます。σ/Δ = 0.5 で 6 回、 0.7 で 10 回。0.7 を超えると実務的に苦しくなります。

これは設計の指針になります。移管を計画する段階で、

  1. 受け手の精度 σ を(バリデーション報告書や予備試験から)見積もる
  2. 許容幅 Δ を決める
  3. σ/Δ を計算する
  4. 0.5 を超えていたら、n を増やすか、Δ を見直すか、受け手の精度を上げるかを先に決める

移管が失敗してから測り直すのではなく、始める前に分かります。

7. プロトコルに何を書くか

移管プロトコルに書くべき7項目を示す図。許容幅とその根拠、判定方式は有意差なしではなく差の90パーセント信頼区間が許容幅に収まること、繰返し数とその根拠、標準偏差の出どころ、試料が同一調製か別調製か、不合格になったときの手順、移管の方式を4つから選んだ理由
図解:「有意差がないこと」と書かれていたら、書き換えるのは検定のほう。

WHO は「実験計画および判定基準」を要求し、受け手は実行前にそれに合意することを求められています。 統計的に意味のあるプロトコルにするには、最低限これだけ必要です。

  1. 許容幅 Δ とその根拠。規格幅、製造のばらつき、臨床的な意味のいずれから来たのかを書く
  2. 判定方式。「有意差なし」ではなく「差の 90 % 信頼区間が ±Δ に収まること」と書く
  3. 繰返し数 n とその根拠。σ の見積りと σ/Δ から逆算した数であることを示す
  4. σ の出どころ。バリデーション報告書の室内再現精度か、予備試験か
  5. 試料。同一ロット・同一調製か、それぞれで調製するか(後者なら調製のばらつきが σ に入る)
  6. 不合格になったときの手順。原因調査の範囲と、再試験の可否
  7. 移管の方式。確認試験・比較試験・共同バリデーション・文書のどれを選び、なぜか

とくに 2 番です。「有意差がないこと」と書かれたプロトコルを見たら、 それは「精度が悪いほど通る」設計になっています。書き換えるべきは検定であって、 測り方ではありません。

8. 具体例 ― 含量試験を移管する

規格95.0から105.0パーセントの含量試験を許容幅2.0パーセントで移管する場合の計算。受け手の室内再現精度0.6パーセントならn=3で差ゼロの合格が0.904、1.2パーセントならn=3で0.221、1.8パーセントならn=3で0.048。同じ1.8パーセント・n=3で差の検定なら本当に2パーセントずれていても0.816で合格してしまう。80パーセント合格に必要な繰返し数は0.6パーセントで3回、1.2パーセントで7回、1.8パーセントで15回
図解:同じ試験室・同じ回数でも、方法次第で合否が逆転する。

実際の設計にあてはめます。規格 95.0〜105.0 %(規格幅 10.0 %)の含量試験を移管するとします。 許容幅は Δ = 2.0 %(規格幅の 20 %)としました。

受け手の室内再現精度(RSD)ごとに、繰返し数と合格確率を計算します。 「差ゼロで合格」は本来通すべきケース、「バイアス 2 % で合格」は本来落とすべきケースです。

受け手の RSD σ/Δ n 差ゼロで合格(同等性) バイアス2%で合格(同等性) 同じ場面で差の検定なら
0.6 % 0.30 3 0.904 0.050 0.143
0.6 % 0.30 6 1.000 0.050 0.001
1.2 % 0.60 3 0.221 0.043 0.653
1.2 % 0.60 7 0.803 0.051 0.184
1.2 % 0.60 12 0.979 0.051 0.026
1.8 % 0.90 3 0.048 0.021 0.816
1.8 % 0.90 10 0.545 0.049 0.348
1.8 % 0.90 15 0.80 以上

80 % の確率で合格するのに必要な n は、RSD 0.6 % で 3 回、1.2 % で 7 回、1.8 % で 15 回です。

いちばん見るべきは RSD 1.8 %・n = 3 の行です。

  • 同等性検定:差がゼロでも 4.8 % しか合格しない(精度が足りないので当然落ちる)
  • 差の検定:本当に 2 % ずれていても 81.6 % 合格する

同じ試験室・同じ試験回数で、正しい方法なら落ち、誤った方法なら通ります。 そして通ってしまえば、その後の出荷判定はこの試験室の値で行われます。

RSD 1.2 %・n = 3(実務でよくある設定)でも同じ構造です。同等性検定では差がゼロでも 22.1 %、 差の検定では 2 % ずれていて 65.3 %。n = 3 は、この精度では足りません。

分析者の視点

分析者が持つべき10の視点を示す図。有意差なしは差の不在の証明ではない、同等とは同一ではなく許容幅内にあること、差の検定は精度が悪いほど通る、点推定だけでは境界バイアスに対しコイン投げ、同等性検定は境界での誤合格を有意水準に固定する、必要な繰返し数は標準偏差と許容幅の比から逆算、比が0.5を超えたら事前に設計見直し、標準偏差の出どころをプロトコルに明記、試料調製の回数が標準偏差の中身を変える、判定基準を決めるのはガイドラインではなく分析者の責任
図解:10 の視点 ― 決めるのは分析者の責任である。
  1. 「有意差なし」を合格条件にしない。それは差の不在の証明ではない。
  2. 同等とは同一ではない。日局の定義どおり、許容できる幅の中にあることを示す。
  3. 差の検定は精度が悪いほど通る。σ を 20 倍にすると合格率が 0.1 % 未満から 93 % になる。
  4. 点推定だけの判定は、境界のバイアスに対してコイン投げ(0.500)。精度を上げても変わらない。
  5. 同等性検定は境界での誤合格を α に固定する。σ によらず 0.05 以下。
  6. 必要な n は σ/Δ から逆算できる。0.5 で 6 回、0.7 で 10 回。
  7. σ/Δ が 0.5 を超えたら、始める前に設計を見直す。
  8. σ の出どころをプロトコルに書く。どの精度を使ったかで必要数が変わる。
  9. 試料の調製をどちらが何回やるかで σ の中身が変わる。同一調製か別調製かを明記する。
  10. ガイドラインは判定基準の中身を決めていない。決めるのは分析者の責任である。

まとめ

本記事の要点をまとめた図。WHOは移管に4つの方式を挙げリスクに基づく正当化を求める、ガイドラインはプロトコルと事前合意を求めるが検定手法は指定していない、日局に分析法移管の章は無いが同等性は類似性が高いことと定義されている、差の検定を合格条件にすると向きが逆になり真のバイアス2パーセント・n=3で標準偏差0.25パーセントなら合格0.1パーセント未満だが5パーセントなら93.3パーセント、同等性検定は向きが正しく誤合格を有意水準に固定する、必要な繰返し数は比で決まり0.3で3回0.5で6回
図解:判定方式を変えるだけで、同じデータの合否が変わる。
  • WHO TRS 1044 Annex 4 は分析法移管に 4 つの方式(確認試験・比較試験・共同バリデーション・ 文書に基づく知識移転)を挙げ、選択は「リスクに基づき科学的に正当化できる」ものであれと求める。
  • 同ガイドラインは「実験計画および判定基準」をプロトコルに含めよと要求し、受け手に 実行前の合意を求めるが、どういう検定を使うかは指定していない。
  • 第十九改正日本薬局方の参考情報に、分析法移管の章は無い(「技術移転」「分析法の移管」 「試験法の移管」はいずれも 0 件、筆者の全文検索)。ただし参考情報 G3 は 「同等性/同質性とは、必ずしも……全く同じであることを意味するものではなく」と定義している。
  • 差の検定を合格条件にすると向きが逆になる。真のバイアス 2 %・n = 3 で、 σ = 0.25 % なら合格確率 0.1 % 未満、σ = 5 % なら 93.3 %
  • 同等性検定は向きが正しく、境界での誤合格を α に固定する(σ によらず 0.05 以下)。
  • 点推定だけの判定は、境界のバイアスに対して 0.500(コイン投げ)。σ を下げても改善しない。
  • 必要な繰返し数は σ/Δ で決まる。0.3 で 3 回、0.5 で 6 回、0.7 で 10 回。 0.5 を超えると急に増える。
  • σ = 1.0 %(許容幅の半分)で n = 3 だと、差がゼロでも 38 % しか合格しない。n = 6 で 88 %。

用語集

  • 分析法移管(技術移転):ある試験室で確立した分析法を、別の試験室で実施できるようにすること。
  • 送り手(SU: sending unit)/受け手(RU: receiving unit):移管する側/される側の組織。
  • 確認試験:受け手が既知の試料を測り、期待される値と合うかを確認する方式。
  • 比較試験:送り手と受け手が同じ試料を測り、結果を比較する方式。
  • 共同バリデーション:両者が同じバリデーション試験に参加する方式。
  • 同等性検定(TOST):差が許容幅 ±Δ の中にあることを積極的に示す検定。 実務では差の 90 % 信頼区間が ±Δ に収まるかで判定する。
  • 許容幅 Δ:どこまでの差なら実務上問題ないとするかの境界。
  • 有意水準 α:帰無仮説が正しいのに棄却してしまう確率の上限。本記事では 0.05。
  • 検出力:差が本当にあるときに、それを検出できる確率。
  • 非心 t 分布:真の差がゼロでないときの t 統計量が従う分布。検出力の計算に使う。

出典

  1. WHO Technical Report Series No. 1044, Annex 4「WHO guidelines on technology transfer in pharmaceutical manufacturing」(世界保健機関、2022 年 4 月 30 日)。 12.24〜12.27 の分析法移管(4 つの方式、プロトコルに含めるべき事項、送り手と受け手の責務)。 https://cdn.who.int/media/docs/default-source/medicines/norms-and-standards/guidelines/production/trs1044-annex4-technology-transfer-in-pharmaceutical-manufacturing.pdf
  2. 第十九改正日本薬局方 参考情報 G3. 生物薬品関連(厚生労働省)。 「2. 製造工程の変更に伴う同等性/同質性評価」における同等性/同質性の定義。 なお参考情報は告示の範囲外であり、適否の判定に直接用いるものではない。 https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001689444.pdf

合格確率・必要繰返し数の計算はすべて筆者による。モデルと仮定は 4 節に、限界は「未確認・限界」に記載した。

関連記事

未確認・限界

本記事の限界を示す図。合格確率はすべてモデル計算であり特定の移管の予測値ではない、両試験室の標準偏差を共通と仮定しており実際は受け手が大きいことが多くその場合は精度が悪いほど通る傾向がさらに強まる、許容幅2パーセントと有意水準0.05は例示、均質性や取り違えや外れ値や分散の不等性や日間変動は未考慮、USP1224やISPEガイド等との三極間の一致は未確認、同等性検定の許容幅を精度そのものに置く設計は扱っていない、多重性の調整は未考慮
図解:計算はモデルである。自分の移管の予測値にしない。
  • 本記事の合格確率はすべてモデル計算であり、実測ではない。特定の移管の予測値として使ってはならない。
  • 両試験室の標準偏差 σ を共通と仮定した。実際には受け手のほうが大きいことが多く、 その場合は差の検定の「精度が悪いほど通る」傾向がさらに強く出る。
  • 許容幅 Δ = 2 %、有意水準 α = 0.05 は例として置いた値である。実際の値は 規格幅や製品の性質から決めるべきもので、本記事はその決め方を扱っていない。
  • 試料の均質性、取り違え、外れ値、分散の不等性、系統的な日間変動は考慮していない。 実際の移管ではこれらが支配的になることがある。
  • USP〈1224〉Transfer of Analytical Procedures と ISPE のガイドは有償のため未入手。 本記事の公的文書に基づく記述は WHO TRS 1044 Annex 4 と日本薬局方参考情報のみに拠る。 三極間で推奨が一致しているかは確認していない。
  • 日本薬局方の全文検索は参考情報(298 ページ)に対して行った。一般試験法側は別途確認していない。
  • 同等性検定の許容幅を「平均値の差」ではなく「精度そのもの」に置く設計(分散の同等性)は扱っていない。 実務では真度と精度の両方に判定基準を置くことが多い。
  • 1 つの分析法・1 つの水準についてのみ計算した。複数濃度・複数ロット・複数分析者を含む 実際の移管計画では、多重性の調整が必要になる。

制作メモ:公的ガイドラインを原文で確認したうえで執筆。合格確率は非心 t 分布による解析解と モンテカルロ(20 万回)の 2 通りで求め、両者が 0.002 以内で一致することを確かめた。