XRF(蛍光X線)徹底解説と選び方 ― 元素ごとに、見ている深さが違う【2026年版】
元素・表面分析

XRF(蛍光X線)徹底解説と選び方 ― 元素ごとに、見ている深さが違う【2026年版】

XRF の最大の売りは「前処理をしなくてよい」ことである。エアフィルターなら、目視点検以外に何もせずに 40 元素が測れる。だがその速さには代償がある ―― XRF は表面分析でもバルク分析でもなく、 「元素ごとに違う深さを見ているバルク分析」である。純元素で見ると Ti の K 線は 20 µm、Sn の K 線は 100 µm。 同じモリブデンでも K 線なら 60 µm、L 線なら 1.5 µm と 40 倍違う。そして L 線に切り替えると検出下限は 十数倍良くなる。感度と深さは同じつまみの両端にある。本記事は情報深さを軸に、励起条件・EDXRF と WDXRF の違い・ 試料調製・TXRF までを一次資料の数値で追い、最後に「なぜ日本薬局方に蛍光X線の一般試験法が無いのか」に戻る。

蛍光X線分析(XRF)を勧めるとき、ほぼ必ず最初に出てくる言葉がある。「前処理が要りません」

これは誇張ではない。Thermo Fisher の応用ノートは、大気浮遊粒子を捕集したエアフィルターの分析についてこう書いている ―― 「エアフィルターは、分析結果に影響しうる欠陥がないか点検する以外、分析前の前処理を必要としない」。それで 40 元素の検出下限が出る。酸分解も、希釈も、内標準の添加もない。

では、その速さは何と引き換えなのか。

答えは、多くの入門書があまり強調しない場所にある。XRF は、表面分析でもバルク分析でもない。「元素ごとに違う深さを見ているバルク分析」である。

EDAX(AMETEK)の技術資料から、純元素での分析深さを引くとこうなる。チタンの K 線は 20 µm、スズの K 線は 100 µm。同じ試料を一度測っただけで、元素ごとに 5 倍違う深さの情報が返ってくる。さらに、同じモリブデンでも K 線なら 60 µm、L 線なら 1.5 µm ―― 40 倍違う。

そして、その「浅い L 線」に切り替えると、検出下限は十数倍良くなる。感度と深さは、同じつまみの両端にある。

本記事は、この情報深さを軸に XRF を掘る。最後に、「なぜ日本薬局方に蛍光X線の一般試験法が無いのか」という問いに戻ってくる。

なお、XRF を「そもそも選ぶべきか」という手前の問いは 元素分析法の全体像 で扱った。本記事はその各論にあたる。

この記事の読み方

  • 入門者の方:1〜3 節(XRF が何を測っているか)と 8 節(EDXRF と WDXRF の違い)を読めば、XRF の立ち位置が掴めます。専門用語は初出時に補足しています。
  • 機種選定中の方:5〜8 節(検出下限・励起条件・EDXRF/WDXRF)と 10 節(試料調製)が判断材料です。
  • 数値の扱い:本記事の数値はすべてメーカー公式資料または薬局方原文から取っています。比率は筆者が計算したもので、その旨を明記しています。

1. 日本薬局方に、蛍光X線の一般試験法は存在しない

日本薬局方の一般試験法に蛍光X線は0件、X線回折は7ページある。USP 233 も XRF を名指ししていない
図解:XRF は公定法の外側にいる

まず、この手法の制度上の立ち位置をはっきりさせておく。

第十九改正日本薬局方の一般試験法(全473ページ)を全文検索すると、「蛍光X線」は 0 件である。一方、「X線回折」は 7 ページに現れる(〈2.58〉粉末X線回折測定法として p.149-153 に本文がある)。

同じX線を使う手法でありながら、回折には一般試験法があり、蛍光X線には無い。

米国薬局方についても、元素分析法の全体像 の 10 節で原文を確認している。USP〈233〉Elemental Impurities—Procedures は XRF を名指ししていない。あるのは「代替手順のバリデーション」という一般条項だけで、要求される性能を満たすことを自分で示せば他の手法も使える、という枠組みである(この点については、XRF が USP〈232〉〈233〉に「収載されている」とするメーカー資料があったが、原文にあたって否定した)。

つまり XRF は、公定法の外側にいる手法である。

これは XRF が劣っているという意味ではない。むしろ本記事の主張は逆で、XRF が公定法になりにくい理由そのものが、XRF の性格をよく表している。その理由は 3〜5 節で明らかになる。

2. XRF が速いのは、前処理をしないから

エアフィルターは点検以外の前処理なしで測れるが、検量線と標準物質による校正は必須である
図解:前処理は要らない。校正は要る

XRF の速さを具体的な数字で見ておこう。Thermo Fisher の ARL QUANT'X(卓上型 EDXRF)によるエアフィルター分析の応用ノートは、こういう構成になっている。

  • 装置:シリコンドリフト検出器(SDD)、Mn Kα での典型分解能 135 eV、有効面積 30 mm²
  • X線管:50 W ロジウムアノード、励起電圧 4〜50 kV を 1 kV 刻みで可変、9 位置のフィルターホイール
  • 元素範囲:ナトリウム(Z=11)からアメリシウム(Z=95)
  • 試料調製:点検以外に前処理なし。ただし真空下で測定する(試料と検出器のあいだの空気をなくし、軽元素の感度を最大化するため)
  • 定量:U.S. EPA Compendium Method IO-3.3 を同装置向けに改変したものに従う。MicroMatter 社の単元素・二元素薄膜標準で個別に検量線を作成し、NIST SRM 2783(フィルター上の大気粉じん)で検証

前処理をしないかわりに、標準物質と検量線に手間をかけているという構図が見える。ここは押さえておきたい。「前処理が要らない」は「校正が要らない」ではない。

そして、この方式で得られる検出下限は 1 ng/cm² 未満から 21 ng/cm² の範囲である。

なぜ前処理が不要なのか。XRF は試料にX線を当て、原子が出す固有の蛍光X線を測る手法で、原子を気化させる必要も、溶液にする必要もないからである。AAS も ICP も、原子を「バラバラの原子の状態」にしなければ測れない(だから酸分解が要る)。XRF はそれをしない。

だが、溶かさないということは、試料をそのままの姿で測るということでもある。ここから代償が始まる。

3. 「前処理をしない」の代償 ― 元素ごとに、見ている深さが違う

純元素の分析深さは Ti の K 線 20 µm、Ni 25、Zn 35、Mo 60、Pd 70、Ag 75、Sn 100 µm。L 線は Mo 1.5、Pd 2.5、Ag 2.5、Sn 3 µm。Pt は L 6.5・M 0.3、Au は L 8・M 0.5、Pb は L 10・M 0.75 µm
図解:同じ一度の測定で、元素ごとに違う深さを見ている

XRF の信号は、試料のどこから来ているのか。

EDAX(AMETEK)の技術資料 Analysis Depths for Micro-XRF は、この問いに明確な定義と式を与えている。分析深さ(critical depth、infinite thickness とも呼ばれる) とは、分析種の光子が検出されうる最大の深さである。定義はこうだ。

バルク(bulk)の厚さは、入射X線信号の 99% 以上が光電吸収または散乱を受け、元の信号の 1% 未満しか測定系の方向に検出されないときに近似される。この場合、バルク試料は強度の飽和に達しており、厚さを増やしても蛍光信号はもはや増加しない。

ここから、Beer-Lambert の式を使って分析深さ x が導かれる。

Ix = I0 exp(−µ ρ x)

Ix/I0 = 1/100 とおくと
x = 4.605 / (µ ρ)

µ:質量吸収係数、ρ:密度、4.605 = ln(100)

そして同資料が示す、純元素での公称分析深さ(µm)がこれである。

元素 K 線 L 線 M 線
Ti 20
Ni 25
Zn 35
Mo 60 1.5
Pd 70 2.5
Ag 75 2.5
Sn 100 3
Pt 6.5 0.3
Au 8 0.5
Pb 10 0.75

(EDAX Analysis Depths for Micro-XRF, Table 1。空欄は同表に値が無いことを示す)

まず横に見てほしい。K 線だけを比べても、チタン 20 µm に対しスズは 100 µm ―― 5 倍違う(筆者による計算)。

理由は同資料が説明している ―― 質量吸収係数はエネルギーが上がるほど小さくなるので、原子番号が大きいほど放出される光子のエネルギーが高く、より深いところから「脱出」できる

ここが XRF の性格を決めている。ひとつの試料を一度測ると、軽い元素については表面近くの情報が、重い元素についてはずっと深いところまでの情報が、同時に返ってくる。それらは同じ体積を見ていない

だから、試料が深さ方向に均質でなければ、XRF の結果は意味を失う。表面が酸化していれば、偏析があれば、粉末の粒径が揃っていなければ、元素ごとに違う程度で結果が歪む。

「前処理が要らない」の正体は、「試料が均質であるという前提を、前処理で作る代わりに仮定している」ということである。そして公定法が XRF を採りにくい理由も、ここにある ―― 医薬品の製剤も、鉱石も、この前提を自動的には満たさない。

4. 同じ元素でも、線を変えると深さが数十分の1になる

同じ元素で線を変えたときの深さの比は Mo 40倍、Sn 33倍、Ag 30倍、Pd 28倍、Pt 22倍、Au 16倍、Pb 13倍
図解:線を変えると、測っている体積が変わる

上の表を、今度は縦ではなく横方向(K 線と L 線)で見てほしい。同じ元素の欄である。

元素 K 線(µm) L 線(µm)
Mo 60 1.5 40 倍
Ag 75 2.5 30 倍
Sn 100 3 33 倍
Pd 70 2.5 28 倍
元素 L 線(µm) M 線(µm)
Pt 6.5 0.3 22 倍
Au 8 0.5 16 倍
Pb 10 0.75 13 倍

(比はいずれも筆者による計算)

同資料の説明はこうである。

より低エネルギーの遷移系列に切り替えると、たとえば K 系列線から L 系列線に切り替えると、分析深さは著しく減少する

同じ元素、同じ試料、同じ装置。違うのは「どの線を読むか」だけ。それで見ている深さが 40 倍変わる。

これは操作パラメータではなく、何を測っているかの定義が変わるということである。モリブデンを K 線で測れば 60 µm ぶんの平均組成、L 線で測れば 1.5 µm ぶんの平均組成 ―― 表面に薄い層があれば、二つはまったく違う値を返す。

逆にいえば、この性質を使えば深さ方向の情報が取れる。薄膜の膜厚測定に XRF が使われるのは、まさにこの原理である。同資料も、この分析深さが「薄膜応用において、ある層の測定可能な厚さ範囲を定義する」ため重要だと述べている。

5. 深さの選択は、検出下限の選択でもある

L 線に替えると検出下限は Cd で6.7倍、Sn で16倍、Sb で16倍改善する。代償は測定体積の減少と分光干渉
図解:感度と深さは、低エネルギーという同じ物理の裏表

ここで、まったく別の資料の数字を並べてみたい。2 節で見た Thermo の ARL QUANT'X エアフィルター応用ノートの検出下限表には、いくつかの元素に括弧つきの値が併記されている。同資料の注記はこうだ。

括弧内は、これらの元素の L 線について算出した MDL(1σ)である。これらの元素の L 線は、対応する K 線よりも分光干渉を受けやすいのが通例だが、より良い MDL が得られる可能性がある

該当する 3 元素を抜き出す。

元素 K 線 MDL(ng/cm²) L 線 MDL(ng/cm²) 改善
Cd 4 0.6 6.7 倍
Sn 16 1.0 16 倍
Sb 21 1.3 16 倍

(改善倍率は筆者による計算)

そして 4 節の表を思い出してほしい。同じスズについて、K 線から L 線に替えると分析深さは 100 µm から 3 µm へ、33 分の1 になる。

念のため断っておくと、この二つの数字は別々の資料の、別々の測定である。EDAX の深さは純元素バルクの公称値で、Thermo の検出下限はフィルター上の薄い付着物についての値だ。単純に「16 倍の感度と引き換えに 33 分の1 の深さ」と掛け算できるものではない。

だが、両者は同じ物理から出ている。L 線は K 線よりエネルギーが低い。エネルギーが低いということは、(a) 励起しやすい(低い管電圧で励起でき、その電圧域では散乱バックグラウンドが小さい)から感度が上がり、同時に (b) 吸収されやすいから浅いところからしか出てこられない。感度と深さは、同じ物理量の裏表である。

実務上の意味は明確だ。感度が足りないから L 線に替える、という判断は、測定対象の体積を変える判断でもある。フィルター上の薄い付着物のように、そもそも深さ方向に何もない試料なら問題はない。だがバルク試料でこれをやると、いつのまにか表面数 µm の分析に変わっている。

そして同資料が警告しているとおり、L 線は分光干渉を受けやすい。感度・深さ・干渉の三つを同時に見なければならない。

6. XRF は「多元素同時」だが、全元素同時ではない

励起条件は Low Za 4 kV、Low Zb 15 kV、Low Zc 20 kV、Mid Zc 50 kV、High Za 50 kV の5条件で各300秒、合計25分
図解:ナトリウムを励起する 4 kV と、鉛を励起する 50 kV は両立しない

XRF の売り文句のもうひとつが「多元素同時分析」である。これは半分正しい。

同じ応用ノートの励起条件表を見てみよう。

条件 フィルター 電圧 雰囲気 実測時間 対象元素
Low Za なし 4 kV 真空 300 s Na, Mg
Low Zb 厚 C 15 kV 真空 300 s Al, Si, P, S, Cl, K, Ca, Sc, Ag, Cd, Sn, Sb, Te, I
Low Zc Al 20 kV 真空 300 s Ti, V, Cr, Mn, Cs, Ba, La
Mid Zc 厚 Pd 50 kV 真空 300 s Fe, Co, Ni, Cu, Zn, Ga, Ge, As, Se, Br, Rb, Sr, Y, Zr, Hg, Tl, Pb, Bi
High Za 薄 Cu 50 kV 真空 300 s Nb, Mo, Ag, Cd, In, Sn, Sb, Te, I

1 試料あたりの総測定時間は 25 分である。

つまり、ひとつの励起条件のもとでは確かに多元素同時(Mid Zc の 18 元素は 300 秒で同時に測っている)だが、周期表を横断するには条件を切り替えなければならない。ナトリウムを励起する 4 kV と、鉛を励起する 50 kV は両立しない。

なぜ条件を分けるのか。X線管の電圧を上げれば重い元素まで励起できるが、そのぶん散乱によるバックグラウンドが増えて軽元素が埋もれる。フィルターは、この管球からのX線のうち邪魔な成分を削って、狙った元素だけを効率よく励起するために入れる。5 条件は、5 種類の妥協点である。

なお、Ag・Cd・Sn・Sb・Te・I は Low Zb(15 kV)と High Za(50 kV)の両方に現れる。5 節で見た K 線/L 線の使い分けが、ここに実装として現れている。

「25 分」という数字は、XRF の位置づけを考えるうえで重要である。前処理が要らないので試料が届いてから 25 分で結果が出る ―― 酸分解に数時間かける ICP-MS とは、そもそも土俵が違う。だが「一瞬で測れる」わけでもない。ハンドヘルド機の数十秒とも違う。

7. 励起条件の最適化が、検出下限を桁で変える

EPA 法との検出下限の比は La 706倍、Ba 86倍、Ti 85倍、Cs 70倍、Ca 45倍と大きい一方、Al 9.3倍、Fe 2.3倍、Cu 1.4倍、Na 1.2倍、Br は1.0倍で同等
図解:改善幅が 706 倍から 1.0 倍まで散らばっている

同じ応用ノートには、もうひとつ価値のある比較がある。ARL QUANT'X の検出下限を、U.S. EPA Compendium Method IO-3.3 が規定する検出下限と、元素ごとに並べた表である。どちらも 1σ(信頼水準 68%)で報告されている。

差が大きい元素と、小さい元素を抜き出すとこうなる。

元素 ARL QUANT'X(ng/cm²) EPA IO-3.3(ng/cm²)
La 0.1 70.6 706 倍
Ba 0.6 51.8 86 倍
Ti 0.2 16.9 85 倍
Cs 0.7 48.9 70 倍
Ca 0.2 9.0 45 倍
K 0.3 6.3 21 倍
Al 1.9 17.6 9.3 倍
Fe 0.3 0.7 2.3 倍
Cu 0.5 0.7 1.4 倍
Na 4.6 5.3 1.2 倍
Br 0.6 0.6 1.0 倍(同等)

(比は筆者による計算。同資料の表 2 から抜粋)

同資料の結論は「列挙した元素の大多数について、ARL QUANT'X で達成できる MDL は EPA が Compendium Method IO-3.3 で報告している値と同等かそれ以上である」となっている。

だが、分析者として読むべきはそこではない。改善幅が元素によって 706 倍から 1.0 倍まで散らばっていることである。

そして、改善幅が大きい元素には偏りがある。La・Ba・Ti・Cs・Ca はいずれも、上の表で Low Zc(Al フィルター、20 kV)と Low Zb(厚 C フィルター、15 kV)という、低電圧+フィルターで丁寧に条件を切ったところに入っている元素群である。逆に、改善がほとんどない Br・Cu・Fe は 50 kV の Mid Zc に一括で入っている。

検出下限を桁で変えているのは検出器の性能そのものより、その元素にどれだけ専用の励起条件を割り当てたかである。

これは機種選定に直結する。カタログの検出下限を比べるとき、それが何条件・何秒の測定で得られた値なのかを必ず確認する必要がある。25 分かけて 5 条件で測った値と、60 秒 1 条件で測った値を並べても意味がない。

8. EDXRF と WDXRF ― 何を買っているのか

EDXRF は 4から100 W、ナトリウムからウラン、1.5万から10万米ドル。WDXRF は 200 W から 4 kW、ベリリウムからウラン、8万から50万米ドル以上
図解:出力は 2 桁近く違う ― WDXRF が高感度なのは投入エネルギーが大きいからでもある

XRF には、蛍光X線を分けるやり方が二つある。Rigaku が 2026 年 8 月に公開した比較記事から、要点を引く。

項目 EDXRF WDXRF
検出のしかた 半導体検出器でX線のエネルギーを測る 分光結晶と回折でX線の波長を測る
装置出力 4〜100 W(小型・低コスト、可搬型もある) 200 W〜4 kW(大型・高価だが高感度)
元素範囲 ナトリウム〜ウラン(₁₁Na〜₉₂U) ベリリウム〜ウラン(₄Be〜₉₂U)
価格帯 1.5 万〜10 万米ドル 8 万〜50 万米ドル以上

エネルギーと波長は E (keV) = 12.4 / λ (Å) で結ばれており、要するに同じものを別の測り方で分けている。

EDXRF は、シリコンドリフト検出器(SDD)などで放出されたX線のエネルギーを全部いっぺんに測る。総計数率が高く、多元素を高速に同時分析できる。ただし同記事が指摘するとおり、「エネルギーが非常に近い信号を分離するには追加の配慮が必要になりうる」。

WDXRF は、分光結晶で波長ごとに分けてから、比例計数管やシンチレーション検出器で個別に数える。「高い精度と、重なった信号の正確な識別が可能になる」。代償は時間である ―― 同記事は「逐次型(sequential)の装置では、測定時間は分析する元素の数に比例して増える」と明記している。

この二つは「上位・下位」ではなく、構造の違いである。

  • 元素の数が少なく、決まっていて、精度が要る(たとえば燃料中の硫黄)→ WDXRF の逐次測定は苦にならない
  • 元素の数が多く、スクリーニングでよい(RoHS、合金選別、廃棄物)→ EDXRF の同時性が効く
  • 軽元素(Be〜F あたり)を測らねばならない → 元素範囲の差がそのまま制約になる。EDXRF はナトリウムまでで、それより軽い元素は原理的に射程外である

なお、装置出力の差(4〜100 W 対 200 W〜4 kW)は「桁で違う」ことに注意したい。WDXRF が高感度なのは検出方式が優れているからだけでなく、単純に投入しているエネルギーが 2 桁近く大きいからでもある。そのぶん冷却と設置環境の要求も上がる。

9. 分解能が高くても、防げないものがある

「WDXRF は分解能が高いから、ピークの重なりは心配ない」というのは、半分しか正しくない。

Rigaku Journal 35(2)(2019) に掲載された山田恭史郎氏の論文は、WDXRF が抱える固有の問題を率直に書いている。

波長分散型蛍光X線(XRF)分析装置は高い分光分解能を持ち、したがってピークを高い精度で同定できる。しかし、分析線が高次線と重なる場合、ピーク同定と半定量分析の結果は信頼できないものになりうる。

高次線とは、分光結晶による回折が 1 次だけでなく 2 次・3 次でも起こるために現れる線である。ある元素の高いエネルギーの線が、別の元素の分析線と同じ角度に来てしまう。これは検出器の分解能をいくら上げても消えない ―― 波長を分けるしくみそのものが生む重なりだからである。

同論文は、この問題への従来の対処が「XRF の原理に関する高度な知識と、ソフトウェアへの高い習熟」を要求してきたことを認めたうえで、FP 法(ファンダメンタルパラメータ法)による半定量分析において、高次線が分析線に干渉する場合にソフトウェアが最適な測定条件のデータを自動選択する機能を導入したと述べている。

ここには示唆がある。「標準試料なしで測れる」FP 法や半定量分析は便利だが、その裏で何が自動的に選ばれているかは装置とソフトウェアに委ねられている。XRF の結果を検証するとき、どの線を使ったのか、その線に何が重なりうるのかを確認できる状態にしておく必要がある。

10. 試料調製に踏み込むとき ― 何を捨てて、何を買うか

試料を均質化するかで分岐し、しないならそのまま測る。完全に均質化しないなら加圧ペレット、するなら固体は融解ビード、液体は液体専用カセット
図解:融解ビードは弱点を消すが、長所も消す

3 節で見たとおり、XRF の弱点は試料の不均質である。したがって精度を上げようとすると、結局は試料調製に戻ってくる。「前処理が要らない」という最大の利点を、自分から手放す判断である。

Thermo の ARL PERFORM'X(WDXRF)のブローシャは、扱う試料形態として「融解ビード(fusion beads)、加圧ペレット(pressed pellets)、ポリマーディスク」を挙げ、液体には専用のカセットを使うと記している。整理するとこうなる。

  • そのまま測る:前処理ゼロ。速い。ただし表面状態と均質性の影響をそのまま受ける
  • 加圧ペレット:粉末を粉砕して加圧成形する。表面が平滑になり、粒径の影響を減らせる。ただし粒径効果と鉱物学的効果は完全には消えない
  • 融解ビード(ガラスビード):融剤とともに高温で溶かしてガラス化する。粒径効果と鉱物学的効果を原理的に消せるので最も正確。ただし時間と手間がかかり、希釈されるぶん感度は落ちる
  • 液体:液体セルに入れて測る。同ブローシャは「液体が真空下に置かれることが決してないよう、液体分析には専用のカセットを使う」と明記している(真空引きで揮発・突沸するため)

融解ビードは、XRF の弱点を消すかわりに XRF の長所も消す。手間をかけ、希釈して感度を落としてまで XRF を使うのか、それとも酸分解して ICP-OES/ICP-MS に渡すのか ―― ここが実際の分岐点になる。

なお 2 節で見たとおり、真空はもうひとつの意味を持つ。軽元素の蛍光X線は空気に吸収されるので、軽元素を測るなら真空またはヘリウム置換が要る。だが液体は真空に置けない。「液体試料の軽元素」は、XRF がとりわけ苦手とする組み合わせである。

11. TXRF ― ppm から sub-ppb へ

標準的な XRF は ppm レンジ、TXRF は sub-ppb レンジ。ただし TXRF は乾固などの前処理が必須になる
図解:TXRF は「高感度版」ではなく、別の手法に近い

XRF の感度そのものを大きく変える構成が、全反射蛍光X線分析(TXRF)である。X線を試料担体に極めて浅い角度で入射させ、全反射させることで、担体からの散乱バックグラウンドを劇的に減らす。

Bruker の S4 T-STAR ブローシャは、通常の XRF と TXRF の位置関係をこう書いている。

蛍光X線(XRF)分光法は、数十年にわたり固体試料や石油化学試料の元素分析に広く使われており、ppm レンジの検出下限を提供する。TXRF は XRF の応用領域を、液体試料・懸濁液・薄膜における超微量元素分析へと拡張する。

そして同機について「サブ ppb レンジという最低レベルの検出下限を提供する」としている。原子吸光(AAS)に対する優れた代替手法である、という位置づけも記されている。

ppm から sub-ppb は、3 桁以上の差である。ただし引き換えに、TXRF は試料を担体上に薄く乾固させる必要があり、「前処理をしない」という XRF 本来の利点はここでは失われる。同ブローシャも試料トレイと担体を用いた運用を前提にしている。

つまり TXRF は「XRF の高感度版」というより、別の手法に近い。#28 の枠組みでいえば、XRF がスクリーニング側にいるのに対し、TXRF は ICP 系と同じ土俵に上がってくる。

12. 分析者の視点

深さの確認、L 線のリスク、測定条件の確認、元素数と精度によるEDXRFとWDXRFの選択、前処理の損益、公定法の外という6つの視点
図解:XRF を選ぶとは、「試料は均質である」という仮定を引き受けること

(1) XRF の結果を見るときは、「どの深さの話か」を必ず問う。元素ごとに、また同じ元素でも線ごとに、見ている深さが違う(Ti K 20 µm 対 Sn K 100 µm、Mo は K 60 µm 対 L 1.5 µm)。値が合わないときの原因は、装置ではなく試料の深さ方向の不均質であることが多い。

(2) 感度が足りないときに L 線へ替えるのは、測定対象そのものを変える判断である。検出下限は十数倍良くなりうる(Sn で 16 倍)が、同時に浅くなり、分光干渉も増える。バルク試料では特に慎重に。

(3) カタログの検出下限は、測定条件とセットでしか意味を持たない。同じ装置でも、専用の励起条件を割り当てた元素は EPA 規定値の数十〜数百倍良く、一括条件の元素は同等どまりだった。「何条件・何秒か」を必ず確認する。

(4) EDXRF と WDXRF の選択は、元素の数と精度要求で決まる。逐次型 WDXRF は測定時間が元素数に比例する。少数元素・高精度なら WDXRF、多元素スクリーニングなら EDXRF。軽元素(Na より軽い)が要るなら EDXRF は最初から候補から外れる。

(5) 試料調製に踏み込んだ瞬間、XRF の優位は薄れる。融解ビードまでやるなら、酸分解して ICP に渡す選択肢と正面から比較すべきである。XRF の価値は「そのまま測れる」ことにあり、それを捨てた XRF は分が悪い。

(6) そして、公定法の外側にいることを忘れない。日本薬局方に蛍光X線の一般試験法は無く、USP〈233〉も XRF を名指ししていない。規制対応で使うなら、代替手順として自分で妥当性を示す必要がある。スクリーニングで XRF、確認と定量で ICP という二段構えが、現実的な落としどころになることが多い。

まとめ

  • 日本薬局方の一般試験法に「蛍光X線」は 0 件(同じX線でも「X線回折」は〈2.58〉として 7 ページある)。USP〈233〉も XRF を名指ししていない。XRF は公定法の外側にいる(1 節)。
  • XRF が速いのは前処理をしないから。エアフィルターなら点検以外の前処理なしで 40 元素、検出下限 1 ng/cm² 未満〜21 ng/cm²。ただし校正は要る(薄膜標準+NIST SRM 2783 で検証)(2 節)。
  • XRF は「元素ごとに違う深さを見ているバルク分析」。分析深さは x = 4.605/(µρ) で決まり、純元素で Ti K 線 20 µm に対し Sn K 線 100 µm(5 倍)。だから試料が深さ方向に均質でないと結果が歪む(3 節)。
  • 同じ元素でも線を変えると深さが激変する。Mo は K 60 µm 対 L 1.5 µm で 40 倍、Pt は L 6.5 µm 対 M 0.3 µm で 22 倍(4 節)。
  • 深さの選択は検出下限の選択でもある。L 線に替えると MDL は Cd 6.7 倍・Sn 16 倍・Sb 16 倍改善する。感度(励起しやすい)と浅さ(吸収されやすい)は、低エネルギーという同じ物理の裏表である(5 節)。
  • XRF は多元素同時だが、全元素同時ではない。Na を励起する 4 kV と Pb を励起する 50 kV は両立しない。5 条件 × 300 秒 = 1 試料 25 分(6 節)。
  • 検出下限を桁で変えるのは、その元素に専用の励起条件を割り当てたかどうか。EPA IO-3.3 との比は La 706 倍から Br 1.0 倍(同等)まで散らばり、大きく改善した元素は低電圧+フィルターで丁寧に条件を切った群に偏っている(7 節)。
  • EDXRF は 4〜100 W・Na〜U・1.5 万〜10 万米ドル、WDXRF は 200 W〜4 kW・Be〜U・8 万〜50 万米ドル以上。逐次型 WDXRF は測定時間が元素数に比例する(8 節)。
  • 分解能を上げても高次線の重なりは消えない。波長を分けるしくみそのものが生むためで、FP 法・半定量では条件選択がソフトウェアに委ねられている(9 節)。
  • 融解ビードは XRF の弱点を消すが、長所も消す(手間+希釈による感度低下)。液体は真空に置けないので「液体試料の軽元素」は XRF が最も苦手な組み合わせ(10 節)。
  • TXRF は ppm から sub-ppb へ 3 桁以上動かすが、担体上に乾固させる必要があり「前処理をしない」利点は失われる(11 節)。

XRF を選ぶとは、「試料は均質である」という仮定を引き受けるということである。その仮定が成り立つ試料 ―― 均質なフィルター付着物、圧延された金属、成形された樹脂 ―― では、これほど速く安く多元素が測れる手法は他にない。仮定が怪しい試料では、前処理をした他の手法に譲るのが正しい。

用語集

  • 蛍光X線分析(XRF):試料にX線を照射し、原子が放出する固有の蛍光X線のエネルギー(または波長)と強度から元素を定性・定量する方法。
  • 分析深さ(critical depth / infinite thickness):蛍光X線が検出されうる最大の深さ。入射X線の 99% 以上が減衰する厚さとして定義され、x = 4.605/(µρ) で与えられる。
  • K 線・L 線・M 線:原子のどの内殻に空孔ができたかで決まる蛍光X線の系列。K → L → M の順にエネルギーが低くなり、励起しやすくなる一方、吸収されやすく浅くなる。
  • EDXRF(エネルギー分散型):半導体検出器でX線のエネルギーを直接測る方式。多元素同時・高速・低コスト。
  • WDXRF(波長分散型):分光結晶の回折で波長ごとに分けて測る方式。高分解能・高感度だが高価で、逐次型は元素数に比例して時間が増える。
  • SDD(シリコンドリフト検出器):EDXRF で主流の半導体検出器。Mn Kα での分解能は 135 eV 程度。
  • 高次線:分光結晶による 2 次・3 次の回折で現れる線。分析線と同じ角度に重なると誤同定の原因になる。
  • FP 法(ファンダメンタルパラメータ法):物理定数から理論強度を計算し、標準試料に頼らず(あるいは少数の標準で)定量する手法。
  • 融解ビード(ガラスビード):試料を融剤とともに溶融しガラス化した試験片。粒径効果・鉱物学的効果を消せるが、希釈により感度は落ちる。
  • TXRF(全反射蛍光X線分析):X線を極浅角で入射させ全反射させることで散乱バックグラウンドを抑える方式。sub-ppb レンジ。
  • MDL(最小検出限界):本記事で引用した Thermo の値は、10 個の実験室ブランクの繰り返し測定から求めた 1σ(信頼水準 68%)の値。3σ で報告される検出下限とは定義が異なるので直接比較できない。

出典

  1. 第十九改正日本薬局方 一般試験法(厚生労働省、2026年4月10日告示・同日適用)― 全文検索により「蛍光X線」0 件、「X線回折」7 ページ(〈2.58〉粉末X線回折測定法 p.149-153)を確認 https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001689414.pdf
  2. EDAX (AMETEK), Analysis Depths for Micro-XRF(Tips and Tricks 3) ― 分析深さの定義、x = 4.605/(µρ)、純元素の K/L/M 系列分析深さ表 https://www.edax.com/-/media/ametekedax/files/resources/tips_tricks/analysisdepthsformicroxrf.pdf
  3. Thermo Fisher Scientific, Analysis of air filters using the ARL QUANT'X EDXRF Spectrometer(Application Note AN41964, 2019) ― 装置仕様、励起条件表、EPA IO-3.3 との検出下限比較表、L 線 MDL https://documents.thermofisher.com/TFS-Assets/MSD/Application-Notes/XRAN41964-air-filter-analysis-EDXRF.pdf
  4. Rigaku, What are the Differences Between EDXRF and WDXRF?(2026年8月6日) ― EDXRF/WDXRF の出力・元素範囲・価格帯・逐次測定の時間特性 https://rigaku.com/products/xrf-spectrometers/learning/blog/what-are-the-differences-between-edxrf-and-wdxrf
  5. 山田恭史郎, Advanced ZSX Guidance—Semi-quantitative analysis (SQX analysis), Rigaku Journal 35(2), 8-12 (2019) ― 高次線と分析線の重なりの問題、FP 法による半定量での自動条件選択 https://rigaku.com/hubfs/2024%20Rigaku%20Global%20Site/Resource%20Hub/Knowledge%20Library/Rigaku%20Journals/Volume%2035(2)%20-%20Summer%202019/Rigaku%20Journal%2035-2_8-12.pdf
  6. Bruker, S4 T-STAR Brochure ― XRF が ppm レンジ、TXRF が sub-ppb レンジという位置づけ https://www.bruker.com/content/dam/bruker/int/en/resources/bna/txrf/brochures/S4-T-STAR-Brochure-EN-BRUKER.pdf
  7. Thermo Fisher Scientific, ARL PERFORM'X Sequential X-Ray Fluorescence Spectrometer ブローシャ ― 試料形態(融解ビード・加圧ペレット・ポリマーディスク・液体)、液体を真空下に置かない旨 https://assets.thermofisher.cn/TFS-Assets/MSD/brochures/XR-BR41270-arl-performx-spectrometer.pdf

関連記事

未確認・限界

  1. EDAX の分析深さ表は「純元素」の公称値である。実試料はマトリックスによって µρ が変わるため、同表の値がそのまま当てはまるわけではない。同資料自身が「分析深さはマトリックス依存であり、層の順序と組成を知ることが重要」と述べている。桁感を掴むための表として読まれたい。
  2. 深さと検出下限の対応づけは、本記事による解釈である。5 節で並べた EDAX の深さ(純元素バルク)と Thermo の MDL(フィルター上の薄膜)は別々の資料の別々の測定であり、直接掛け合わせられる関係ではない。共通する物理(L 線は低エネルギー=励起しやすく吸収されやすい)から両者を説明したが、この因果の記述を裏づける単一の一次資料は確認できていない。
  3. 7 節の「改善幅が大きい元素は専用の励起条件を割り当てた群に偏る」は、本記事による観察である。同資料は励起条件表と検出下限表を別々に示しているだけで、両者を結びつける記述はない。相関の指摘であって、資料が主張していることではない。
  4. WDXRF の分光分解能の具体値を一次資料で確認できていない。本記事は EDXRF 側(SDD で Mn Kα 135 eV、Thermo 実測仕様)のみ数値を挙げ、WDXRF については「より高い」という定性的記述にとどめた。
  5. 元素別検出下限の横断比較表は作らなかった。各社のカタログ値は試料形態・測定時間・雰囲気・信頼水準(1σ か 3σ か)がばらばらで、そのまま並べると誤解を招く。本記事で数値を挙げたのは、測定条件が完全に開示されている Thermo のエアフィルター応用ノートのみである。他社(Rigaku NEX CG II、Malvern Epsilon 4 等)の検出下限値もディープリサーチでは収集したが、測定条件まで一次資料で確認できなかったため採用していない。
  6. USP〈852〉および USP〈233〉の原文を、本記事の執筆時に再確認できていない。USP〈233〉が XRF を名指ししていないという記述は、元素分析法の全体像 執筆時(2026-08-20)に原文で確認した内容に基づく。
  7. ハンドヘルド XRF と RoHS スクリーニング(IEC 62321)については本記事では扱っていない。ディープリサーチで資料は収集したが、検出下限と判定基準を一次資料で確認しきれなかったため、別記事に譲る。
  8. Rigaku の価格帯(EDXRF 1.5万〜10万米ドル、WDXRF 8万〜50万米ドル以上)は同社ブログ記事の記述であり、実際の見積は構成・地域・時期で大きく変わる。桁感として扱われたい。

制作メモ:ディープリサーチで一次情報の候補を収集し、編集側で薬局方原文・メーカー公式技術資料にあたって検証のうえ執筆した。本文中の比率はいずれも出典に記載された数値から筆者が計算したもので、その旨を明記している。ディープリサーチの生成レポートに含まれていた出典不明の検出下限値は、すべて不採用とした。