分析の現場で最も多く交わされ、そして最も中身を確かめられずに流通している一文がある。
「その装置は校正済みです」
この一文は、何を保証しているのだろうか。波長が合っていること。吸光度が正しいこと。そこから出てきた分析値が信用できること。どれだろうか。
米国薬局方の一般情報章〈1058〉は、この問いに正面から答えている。答えは 「校正は、信頼できるデータを支える4つの層のうち、一番下の層の一部でしかない」 である。土台が正しいことは必要だが、まったく十分ではない。
しかも近年、その土台自体が揺れている。波長や吸光度を値付けするための標準物質が、次々と販売終了になっている。米国国立標準技術研究所(NIST)が数十年にわたり供給してきた吸光度標準 SRM 930x・1930・2930 はいずれも販売終了し、紫外領域用の液体吸光度標準 1935x にいたっては 現存するすべての単位の認証が失効した。近赤外の波長標準 2035 も同様である。
それでも波長校正は成り立っている。なぜか。ホルミウム溶液の吸収帯位置が「内在標準(intrinsic standard)」と宣言されたからである。標準物質という商品が消えても、値そのものは残った。
本記事は、この二つ ―― 適格性評価という枠組みと、標準物質という実体 ―― を原典で確認しながら整理する。
この記事の読み方
- 入門者の方:1〜4節で「校正・検証・適格性評価・バリデーション」という紛らわしい4語の違いと、データ品質の4層構造をつかんでください。ここが記事の芯です。
- 公定法・GMP 下で装置を運用している方:5節(規格が今まさに書き換えられている)、6〜8節(標準物質の現状と不確かさ)、11節(再適格性評価のトリガー)が実務に直結します。
- 数値だけ確認したい方:8節(NIST の U95 と P95)と9節(USP〈857〉の判定基準)に表があります。
なお、個々の分光法ごとの判定基準そのものは既に別記事で扱っています。紫外可視の日本薬局方〈2.24〉の数値は UV-Vis分光光度計の実務と日本薬局方〈2.24〉、赤外のポリスチレンによる波数・分解能試験と薬局方ごとの差は FTIR徹底解説、近赤外の波長許容差と直線性は 近赤外分光(NIR)とPAT にあります。本記事はそれらの上位にある枠組みを扱います。
1. まず用語を分ける ― 校正・検証・適格性評価・バリデーション

この4語は日常会話ではほぼ同義に使われるが、規制文書では明確に別物である。USP〈1058〉は冒頭で、そのうち2語について定義を宣言している。
In this chapter, the term validation is used for manufacturing processes, analytical procedures, and software procedures and the term qualification is used for instruments. Thus, the phrase "analytical instrument qualification" (AIQ) is used for the process of ensuring that an instrument is suitable for its intended application. (本章では、バリデーションという語を製造プロセス・分析手順・ソフトウェア手順に対して用い、適格性評価という語を装置に対して用いる。したがって「分析装置適格性評価(AIQ)」という語句は、装置がその意図された用途に適していることを保証するプロセスを指す。)
つまり バリデーションは「手順」に、適格性評価は「モノ」にかかる。「この分光光度計をバリデーションしました」は、この語法では誤りである。
残る2語、校正と検証は、調整するかどうかで分かれる。
| 語 | 対象 | 調整を行うか | 何を言えるか |
|---|---|---|---|
| 校正(calibration) | 装置・計器 | 行う(ずれていれば合わせ込む) | 指示値と標準値の関係を確立した |
| 検証(verification) | 装置・計器 | 行わない | 現時点で許容範囲内にある(合否判定) |
| 適格性評価(qualification) | 装置・システム | ― | 意図された用途に対して使用に適している |
| バリデーション(validation) | 手順・プロセス・ソフトウェア | ― | 手順が一貫して所定の品質の結果を生む |
実務で効いてくるのは 校正と検証の違いである。「校正に出した」と言うとき、業者が装置を調整して返してきたのか、測っただけで合否を書いて返してきたのかで、意味がまったく違う。調整が行われたなら、調整前に取得したデータの扱いを考えなければならない。調整が必要だったということは、それ以前の装置がずれていた可能性を示すからである。
2. データ品質は4層でできている ― これが記事の芯

〈1058〉の中核は、たった一つの図である。同章は「品質の三角形(quality triangle)」と呼ぶ層構造を定義する。
There are four critical components involved in the generation of reliable and consistent data (quality data). Figure 1 shows these components as layered activities within a quality triangle. Each layer adds to the overall quality. Analytical instrument qualification forms the base for generating quality data. (信頼でき一貫したデータ(品質データ)の生成には、4つの決定的な構成要素が関与する。図1はこれらを品質の三角形の中の層状の活動として示す。各層が全体の品質に加算される。分析装置適格性評価が、品質データを生成するための土台を成す。)
4層は下から順にこうなる。
- 分析装置適格性評価(AIQ) ―「装置がその意図された目的に適切に機能するという、文書化された証拠の集合」
- 分析法バリデーション ―「分析手順がその意図された用途に適しているという、文書化された証拠の集合」
- システム適合性試験(SST) ―「システムが手順に定められた基準に従って動作することを検証する」
- 品質管理チェック試料 ―「試験の適切な実施を、工程内で、あるいは継続的に保証する」
そして同章は、この4つを 時間軸で二つに分けている。
In this manner, AIQ and analytical method validation contribute to the quality of analysis before analysts conduct the tests. System suitability tests and quality control checks help ensure the quality of analytical results immediately before or during sample analysis. (このように、AIQ と分析法バリデーションは、分析者が試験を実施する前に分析の品質に寄与する。システム適合性試験と品質管理チェックは、試料分析の直前または最中に分析結果の品質を確保する。)
ここから、実務上きわめて重要な帰結が出る。
土台が崩れていると、その上の層は意味を失う。装置が適格でなければ、どれほど丁寧に分析法をバリデートしても、どれほど毎回システム適合性試験を通しても、出てきた数値の信頼性は担保されない。逆に、装置が適格であることは、分析法が妥当であることを何も言わない。
冒頭の問いに戻ろう。「校正済みです」が保証しているのは、4層のうち一番下の層の、そのまた一部である。
3. 4つの Q ― DQ・IQ・OQ・PQ は誰の仕事か

適格性評価は一続きの作業ではなく、4つの局面に分かれる。〈1058〉の逐語定義はこうである。
- DQ(設計時適格性評価):「装置の意図された目的に基づき、装置の機能仕様および運用仕様と、ベンダー選定の基準を定義する、文書化された活動の集合」
- IQ(据付時適格性評価):「装置が設計・仕様どおりに納品され、選定された環境に適切に設置され、かつその環境が装置にとって適していることを確立するために必要な、文書化された活動の集合」
- OQ(運転時適格性評価):「選定された環境において、装置がその運用仕様に従って機能することを示すために必要な、文書化された活動の集合」
- PQ(性能適格性評価):「装置が、ユーザーによって定義された仕様に従って一貫して性能を発揮し、意図された用途に適切であることを示すために必要な、文書化された活動の集合」
実施時期も表で規定されている。
| 局面 | 実施時期 |
|---|---|
| DQ | 新しいモデルの装置を購入する前 |
| IQ | 各装置の設置時(新品・中古・既設で未評価のもの) |
| OQ | 設置後、または主要な修理の後 |
| PQ | 各装置について定められた間隔で定期的に |
読みどころが3つある。
第一に、DQ は購入前の活動である。「装置を買ったので適格性評価をお願いします」という依頼は、その時点で DQ が飛んでいる。DQ の実体はベンダー選定基準と要求仕様の文書化なので、購入後にはやり直せない。
第二に、IQ の対象に「既設で未評価のもの(existing unqualified)」が明示されている。すでに何年も使っている装置も対象になる。
第三に、PQ だけが「ユーザーによって定義された仕様」に照らす。DQ・IQ・OQ はメーカーの仕様に照らすことができるが、PQ の基準はユーザーが自分の用途から決めなければならない。ここが最も外注しにくい部分である。
責任の所在も明示されている。
Consultants, equipment manufacturer or vendors, validation specialists, and quality assurance (QA) personnel can advise and assist as needed, but the final responsibility for qualifying instruments lies with the users. The users must also maintain the instrument in a qualified state by routinely performing PQ. (コンサルタント、装置メーカーまたはベンダー、バリデーション専門家、品質保証担当者は必要に応じて助言・支援できるが、装置を適格化する最終責任はユーザーにある。ユーザーはまた、日常的に PQ を実施することで装置を適格な状態に維持しなければならない。)
一方でメーカー側の責任も書かれている。メーカーと開発者は装置を設計する際の DQ に責任を負い、製造・組立に用いる関連プロセスのバリデーション、出荷前の組立品の試験に責任を持つ。さらに「製品リリース後に発見されたハードウェアの欠陥について、既知の全ユーザーに通知すること」「必要に応じてユーザー監査を受け入れること」が望ましいとされる。
DQ は、メーカーとユーザーの双方に別々の意味で存在するわけである。
4. 装置カテゴリ A・B・C ― 分光器はすべて C

〈1058〉は、すべての装置に同じ手続きを課すことを明確に否定する。
Therefore, applying a single set of principles to qualifying such dissimilar instruments would be scientifically inappropriate. (したがって、そのように異質な装置の適格性評価に単一の原則を適用することは、科学的に不適切であろう。)
そのうえで3群に分ける。
| 群 | 定義 | 例 |
|---|---|---|
| A | 測定能力を持たず、通常は校正要件もない標準的な機器。メーカーの基本機能仕様がそのままユーザー要求として受け入れられる。適合性は動作の目視観察で検証・文書化できる | 窒素エバポレーター、マグネチックスターラー、ボルテックスミキサー、遠心分離機 |
| B | 測定値を提供する標準的な機器、および校正を要する物理パラメータ(温度・圧力・流量)の制御機器。ユーザー要求は通常メーカー仕様と同じ。適合性は SOP に従って判定し、IQ と OQ の中で文書化する | 天びん、融点測定装置、光学顕微鏡、pH メーター、可変ピペット、屈折計、温度計、滴定装置/マッフル炉、恒温槽、ポンプ |
| C | 機能・運用・性能限界に関するユーザー要求が分析アプリケーション固有である、装置およびコンピュータ化分析システム。適合性は固有の機能試験と性能試験で判定。設置は複雑で専門家の支援を要する場合がある。本章に概説する完全な適格性評価プロセスを適用すべき | 次を参照 |
Group C の例示に何が並んでいるかを見ると、この記事の読者にとって結論は明快である。
... diode-array detectors ... IR spectrometers, near-IR spectrometers, Raman spectrometers, UV/Vis spectrometers, inductively coupled plasma-emission spectrometers
紫外可視・赤外・近赤外・ラマンは、いずれも Group C として明示されている。原子吸光、質量分析計、高速液体クロマトグラフ、X線回折装置、熱重量分析装置、示差走査熱量計も同じ群にある。つまり 分光装置に「簡易な適格性評価」という選択肢は用意されていない。
ただし同章は重要な但し書きを置く。
The exact grouping of an instrument must be determined by users for their specific requirements. Depending on individual user requirements, the same instrument may appropriately fall into one group for one user and another group for another user. (装置の正確な群分けは、ユーザーが自らの具体的要求に応じて決定しなければならない。個々のユーザー要求次第では、同じ装置が、あるユーザーにとってはある群に、別のユーザーにとっては別の群に、適切に該当しうる。)
リストは例示であって分類表ではない。「〈1058〉に UV/Vis は C と書いてあるから C」ではなく、自分の用途から決めて、その根拠を残すのが本来の姿である。
5. この規格は、いま書き換えられている最中である

ここで版の話をしておく。〈1058〉の内容を語るときは、どの版かを言わなければ意味を持たない。
- 2008年8月1日:〈1058〉Analytical Instrument Qualification が初めて公式化(USP 31–NF 26 に収載)
- 2017年8月1日:改訂版が公式化。これが現行版
- 2025年3月:Pharmacopeial Forum 51(2) に大幅改訂案が公示。意見受付期限は 2025年5月31日
2015年の改訂作業(2017年版につながるもの)で加わった主な変更は、導入部にリスクアセスメントとリスクマネジメントへの言及が入ったこと、ソフトウェアの参照先が FDA ガイダンスから GAMP 5 と GAMP Lab Systems Guide 第2版に更新されたこと、装置の計算の検証とユーザー定義プログラムの管理が追加されたこと、そして装置カテゴリが導入部に繰り上げられたことである。
参照先の更新は見た目より重い。2008年版が脚注で挙げているソフトウェア関連の参照は、FDA の "General Principles of Software Validation"(2002年1月)である。約20年前のガイダンスから、製薬業界の現行のコンピュータ化システム管理の枠組みへ、土台が差し替えられたことになる。
そして2025年の改訂案は、より根本的である。ECA Academy の解説によれば、章題そのものが 「Analytical Instrument and System Qualification(AISQ)」 に変わり、適格性評価とバリデーションを統合した 3段階のライフサイクルが導入される。
- Stage 1: Specification and selection(仕様と選定)
- Stage 2: Installation, performance qualification, and validation(据付・性能適格性評価・バリデーション)
- Stage 3: Ongoing performance verification(継続的な性能検証)
注目すべきは PQ が Stage 2 に置かれ、Stage 3 が「継続的な性能検証」として独立していることである。従来の4Qs モデルでは PQ が「定期的に繰り返す活動」を一手に引き受けていたが、改訂案はそれを分けている。
版についての注記:本記事の1〜4節で引用した逐語は、自由に閲覧できる USP 31–NF 26(2008年)の本文による。現行の2017年版は USP-NF の購読が必要で、筆者は原文を確認できていない。2017年版で DQ/IQ/OQ/PQ の枠組みと Group A/B/C の分類が維持されていることは、上記の改訂経緯の記述から確認したが、個々の文言が2008年版と同一である保証はない。実務で条文を引用する際は、必ず現行版にあたること。
6. 標準物質の棚は縮んでいる ― NIST の現状

ここから土台のさらに下、校正に使う標準物質そのものの話に入る。
分光装置の波長や吸光度を値付けするには、値が既知の標準物質が要る。その頂点にあるのが各国計量標準機関の標準物質で、分光分野では NIST の SRM(Standard Reference Material)が事実上の世界標準として使われてきた。
その NIST が、自らのプログラムページでこう書いている。
The production of spectrophotometric SRMs® may be discontinued as fit-for-purpose traceable reference materials are introduced by the commercial secondary standards sector. (分光光度用 SRM の製造は、目的に適合したトレーサブルな参照物質が商業的な二次標準セクターによって導入されるにつれて、中止されることがある。)
実際の状況を、同ページの記載から整理する(ページ最終更新 2025年3月26日)。
| SRM | 内容 | 状態 |
|---|---|---|
| 930x(x = 無印, a, b … e) | 中性濃度ガラスフィルター3枚組。公称透過率 10 % / 20 % / 30 %、可視域 440〜635 nm の5波長で認証。1970〜2009年に約 2500 組を製造 | 販売終了。既存フィルター組の再認証は継続 |
| 1930 | 930x と公称透過率のみ異なる(1 % / 3 % / 50 %)。1987〜2009年に約 250 組 | 販売終了。再認証は継続 |
| 2930 | 同じく公称透過率のみ異なる(0.1 % / 0.3 % / 90 %)。2004〜2005年に わずか10組 | 販売終了。再認証は継続 |
| 2031x(無印, a, b, c) | 溶融石英上の金属薄膜フィルター。紫外でも使える。240〜635 nm の10波長、公称透過率 10 % / 30 % / 90 %。1979年以降400組以上 | 製造継続中 |
| 931x | 液体吸光度フィルター。ニッケル-コバルト溶液3濃度+ブランク、302〜678 nm の4波長で認証。1972年から | 製造継続中 |
| 1935x | 紫外分光光度用液体吸光度標準。粉末の重クロム酸カリウム標準 935x を置き換えたもの | 販売終了。現存する全単位の認証が失効 |
| 2034 | 過塩素酸中の酸化ホルミウム溶液。波長標準(240〜650 nm) | 7節を参照 |
| 2035 | 近赤外透過波長標準 | 現存する全単位の認証が失効。2035x が後継 |
| 2035x(無印, a, b) | 紫外可視近赤外の波長/波数透過標準 | 2035 と 2065 を置き換える現行品 |
| 2036 | 近赤外の波長/波数反射標準。希土類酸化物ガラスと焼結 PTFE の組み合わせ | 現行品 |
| 2065 | 紫外可視近赤外の透過波長/真空波数標準 | 2035x シリーズに置き換え |
読み取るべき点は3つある。
第一に、ガラス製の中性濃度フィルター(930x / 1930 / 2930)は全滅している。紫外可視の吸光度確度を確認する最も古典的な手段が、NIST からは新規に買えない。理由は「同等の製品が容易に入手できるようになったため(in favor of readily available equivalent products)」と明記されている。代替がある前提での撤退であって、必要性が消えたわけではない。
第二に、再認証は続いている。NIST は「930x、1930、2930、2031x の4つの個別認証固体フィルター SRM については再認証を引き続き支援する」と書いている。すでに持っているフィルターは、値を更新しながら使い続けられる。手元の古いフィルターセットは、思われているより価値がある。
第三に、紫外用の液体吸光度標準 1935x は認証ごと消えた。「certification of all existing units has expired」であり、再認証の対象にも挙がっていない。手元に残っていても、校正の根拠としては使えない。
なお、再認証の間隔について NIST 自身の記述には揺れがある。930x・1930・2930 については "recertification of existing filters sets, required biannually, is supported"、2031x については "Recertification of existing filters sets, required biennially, is supported" と書かれている。英語の biannually は「年2回」とも「2年に1回」とも読めるため、この記述だけから間隔を確定することはできない。実務では NIST の再認証サービスに直接確認するのが確実である。
そして NIST は、トレーサビリティの考え方そのものについて重要な一文を置いている。
A more important concept is that traceability should not be limited to a particular national metrology institute (NMI), inasmuch as the equivalence of numerous national transmittance scales is assured by interlaboratory comparisons. (より重要な概念は、トレーサビリティを特定の国家計量標準機関に限定すべきではないということである。多数の国の透過率スケールの同等性は、施設間比較によって保証されているのだから。)
「NIST トレーサブルでなければならない」という思い込みは、NIST 自身が否定している。要求されているのは国際的に同等なスケールへのトレーサビリティであって、特定機関の製品ではない。
7. それでも波長は失われない ― ホルミウムは「内在標準」である

では、最も基本的な紫外可視の波長標準である SRM 2034(過塩素酸中の酸化ホルミウム溶液、240〜650 nm)はどうなったのか。
NIST のページはこう書く。
For an approach using commercial CRMs and intrinsic properties to meet traceability needs formerly provided by this SRM, see "Intrinsic Wavelength Standard Absorption Bands in Holmium Oxide Solution for UV/visible Molecular Absorption Spectrophotometry". (かつてこの SRM が提供していたトレーサビリティ要求を、商業 CRM と内在的性質を用いて満たすアプローチについては、「紫外可視分子吸収分光光度法のための酸化ホルミウム溶液における内在波長標準吸収帯」を参照。)
「formerly provided(かつて提供していた)」という過去形が状況を語っている。そして、その解決策が本記事で最も面白い部分である。
NIST Special Publication 260-192(2018年10月)は、こう記す。
The band positions of holmium oxide in dilute perchloric acid when produced to the specifications of SRM 2034 were declared to be an intrinsic standard for wavelength by a multi-center study published in 2005. The study provides certified values for spectral bandwidths from 0.1 nm to 3.0 nm in increments of 0.1 nm. (SRM 2034 の仕様に従って製造された希過塩素酸中の酸化ホルミウムの吸収帯位置は、2005年に発表された多施設共同研究により、波長の内在標準であると宣言された。同研究は 0.1 nm から 3.0 nm まで 0.1 nm 刻みのスペクトルバンド幅について認証値を提供している。)
内在標準(intrinsic standard)とは、値が特定の製造ロットに属するのではなく、物質そのものの性質として決まっている標準を指す。ホルミウムの吸収帯位置は、規定の仕様(希過塩素酸中の酸化ホルミウム)で作りさえすれば、誰が作っても同じ場所に来る。だから NIST が SRM の販売をやめても、公表された認証値と、仕様どおりに作られた商業 CRM があれば、トレーサビリティは維持できる。
これは6節末尾の「トレーサビリティを特定の機関に限定すべきではない」という主張と、きれいに対応している。NIST は自社製品を配り続けることではなく、値を公共財として残すことで役割を果たしたわけである。
そしてもう一点、UV-Vis の記事で扱ったスペクトルバンド幅(SBW)の話が、ここで効いてくる。認証値が SBW ごとに与えられているのは、ホルミウムのピーク位置が SBW によって動くからである。SBW が広いとピークがなまり、非対称なバンドでは頂点の位置がずれる。0.1 nm 刻みで 30 通りの認証値があるというのは、そのずれを実測で押さえたということにほかならない。
自分の装置の SBW を知らずにホルミウムで波長を確認しても、比べるべき認証値がどれか決まらない。SBW をメソッドに記録すべき理由は、ここにもある。
8. U95 と P95 ― 標準物質の不確かさと、あなたの装置の1回の測定
SP 260-192 は、SRM 2034 の30年安定性を検証した報告である。要旨はこうである。
Standard Reference Material (SRM) 2034 Holmium Oxide Solution Wavelength Standard (240 nm to 650 nm) was produced periodically from 1985 to 2015. Originally unstated, by 1996 an expiration period of ten years was established. This report describes a study of legacy samples from 13 production runs over the 30-year period that established that the band locations in all samples have not varied outside of their established uncertainties. These results support the extension of the expected stability ... to a period of at least 30 years. (SRM 2034 は1985年から2015年まで断続的に製造された。当初は規定されていなかったが、1996年までに 10年の有効期限が設定された。本報告は、30年間にわたる13の製造ロットからの遺留試料の研究を記述し、すべての試料で吸収帯位置が確立された不確かさの範囲を外れて変動していないことを立証した。この結果は、期待される安定性を 少なくとも30年へ延長することを支持する。)
有効期限が実測によって10年から30年へ延びたわけである。
この報告の Table 4 は、0.8 nm SBW における内在吸収帯位置を、二種類の不確かさとともに与えている。ここが本節の核心である。
| 帯 | 区分 | 位置 (nm) | U95 (nm) | P95 (nm) |
|---|---|---|---|---|
| P01 | 一次 | 241.09 | 0.05 | 0.23 |
| P02 | 一次 | 249.85 | 0.05 | 0.22 |
| P03 | 一次 | 278.14 | 0.05 | 0.21 |
| P04 | 一次 | 287.16 | 0.05 | 0.21 |
| P05 | 一次 | 333.48 | 0.05 | 0.20 |
| P06 | 一次 | 345.40 | 0.05 | 0.20 |
| P07 | 一次 | 361.26 | 0.05 | 0.20 |
| P08 | 一次 | 385.56 | 0.04 | 0.19 |
| P09 | 一次 | 416.17 | 0.05 | 0.21 |
| P11 | 一次 | 467.81 | 0.04 | 0.17 |
| P12 | 一次 | 485.22 | 0.04 | 0.18 |
| P13 | 一次 | 536.51 | 0.04 | 0.18 |
| P14 | 一次 | 640.46 | 0.04 | 0.16 |
| Pd | 二次 | 260.13 | 0.06 | 0.25 |
| P10a | 二次 | 450.96 | 0.06 | 0.23 |
二つの不確かさの定義が、脚注に逐語で書かれている。
U95:Expanded 95 % confidence uncertainty. The true band locations are expected to be in the interval x ± U95(x) with approximately 95 % confidence. (拡張95 %信頼不確かさ。真の吸収帯位置が x ± U95(x) の区間にある確からしさが約95 %。)
P95:Approximate 95 % confidence prediction uncertainty. A single measurement made using a well-calibrated, well-maintained analytical spectrophotometer is expected to be in the interval x ± P95(x) with approximately 95 % confidence. (近似95 %信頼予測不確かさ。よく校正され、よく整備された分析用分光光度計で行った1回の測定が x ± P95(x) の区間にある確からしさが約95 %。)
この2つの違いが、実務のすべてを説明する。
- U95 ≈ 0.04〜0.06 nm は、標準物質の値そのものがどれだけ確からしいか。
- P95 ≈ 0.16〜0.25 nm は、あなたの装置が1回測ったとき、どれだけ外れうるか。ただし「よく校正され、よく整備された」装置の話である。
つまり 標準の側の不確かさより、装置の側のばらつきのほうが4〜5倍大きい。波長が合わない原因を標準物質に求める前に、まず装置を疑うべき比率が、ここに数字で出ている。
さらに、この P95 を薬局方の許容差と並べると、判定基準の意味が見えてくる。
| 基準 | 波長の許容 | P95(約0.2 nm)との比 |
|---|---|---|
| NIST P95(よく校正された装置の1回の測定) | 約 ±0.2 nm | 1 |
| 日本薬局方〈2.24〉(3回測定の平均と標準値の差) | ±0.5 nm | 約 2.5 倍 |
| USP〈857〉(紫外域 200〜400 nm) | ±1 nm | 約 5 倍 |
| USP〈857〉(可視・近赤外域 400〜900 nm) | ±2 nm | 約 10 倍 |
薬局方の許容差は、装置固有のばらつきを織り込んだうえで、なお余裕を持たせた線である。言い換えれば、±1 nm をぎりぎりで通っている装置は、統計的にはすでに「よく整備された装置」の範囲から外れている可能性が高い。合否だけを見て安心せず、認証値からのずれの絶対値を記録し、その推移を見ることに意味があるのはこのためである。
なお Table 4 の値は「16〜19人の熟練分光学者が信頼できる装置で測定したスペクトルから推定された」ものであり、二次(Secondary)に分類された帯には「スペクトルノイズに対する感度が高いため 0.8 nm SBW での波長校正には適さない」という但し書きが付く。認証値があるからといって、どのピークを使ってもよいわけではない。
9. USP〈857〉の判定基準 ― 確度だけでなく精度も見る

紫外可視について、米国薬局方は〈857〉Ultraviolet-Visible Spectroscopy で性能検証の基準を定めている。2022年12月の改訂版の要点を、標準物質メーカーである Hellma がまとめた表から引く。
波長
| 領域 | 確度(平均と認証値の差) | 精度(標準偏差) |
|---|---|---|
| 紫外 200〜400 nm | ±1 nm | ≤ 0.5 nm |
| 可視・近赤外 400〜900 nm | ±2 nm | ≤ 0.5 nm |
いずれも6回の繰り返し測定で判定する。推奨されるフィルターは、240〜650 nm がホルミウム、650〜900 nm がジジム、200〜255 nm がセリウムである。
吸光度
| 標準 | 範囲 | 確度 | 精度 |
|---|---|---|---|
| 重クロム酸カリウム/ニコチン酸溶液(紫外) | 0〜1 Abs | ±0.010 Abs | ≤ 0.005 Abs |
| 同上 | 1〜3 Abs | ±1.0 % | ≤ 0.50 % |
| 中性濃度ガラスフィルター(可視) | 0〜1 Abs | ±0.008 Abs | ≤ 0.005 Abs |
| 同上 | 1〜3 Abs | ≤ 0.8 % | ≤ 0.50 % |
迷光
| 試薬 | 適用波長域 | 試験波長 |
|---|---|---|
| 塩化カリウム 12 g/L | 190〜210 nm | 198 nm |
| ヨウ化ナトリウム 10 g/L | 210〜270 nm | 220 nm |
| ヨウ化カリウム 10 g/L | 210〜270 nm | 220 nm |
| アセトン(純) | 250〜330 nm | 300 nm |
| 亜硝酸ナトリウム 50 g/L | 300〜400 nm | 340 nm |
判定は、指定波長での測定吸光度が 2.0 を超えること。分解能はトルエン/ヘキサン溶液(ヘキサン対照)による。
この表から読み取るべきことが三つある。
第一に、確度と精度が別々に規定されている。平均値が許容内に入っていても、6回のばらつきが 0.5 nm を超えれば不合格である。「合っている」だけでは足りず、「安定して合っている」ことが要求されている。
第二に、吸光度の許容が絶対値と相対値で切り替わる。0〜1 Abs では ±0.010 Abs という絶対値、1〜3 Abs では ±1.0 % という相対値である。低吸光度側ほど相対的に厳しい。吸光度 0.100 で ±0.010 Abs は相対10 %だが、吸光度 2.0 で ±1.0 % は ±0.02 Abs にあたる。UV-Vis の記事で見た日本薬局方〈2.24〉が、0.500 を境に ±0.002 と ±0.004 を切り替えるのと同じ発想である。
第三に、2022年12月の改訂で測光直線性の独立した試験が削除された。USP の説明は「システムの意図された運用範囲にわたって吸光度確度を実証すれば、適切な測光応答が保証される」というもので、範囲の上下端を押さえれば間の直線性は担保されるという考え方である。ただしこれは USP の判断であり、近赤外の記事で見たとおり、日本薬局方〈2.27〉は依然として勾配 1.00 ± 0.05・切片 0.00 ± 0.05 という形で直線性を明示的に要求している。局方によって考え方が分かれている論点である。
10. 有効期限という難物
標準物質の有効期限は、実務で最も揉める部分である。NIST の方針は明快で、しかも直感に反する。
If such a statement does not appear in a certificate, NIST considers the SRMs/RMs to be valid indefinitely provided that the SRM/RM is handled and stored in accordance with the instructions given in the certificate and the SRM/RM has not been declared expired. (証明書にそのような記載(有効期間)が現れない場合、NIST は当該 SRM/RM を無期限に有効とみなす。ただし証明書に示された指示に従って取り扱い・保管されており、失効が宣言されていないことを条件とする。)
ISO 17034 および ISO 33401 は「すべての参照物質文書に有効期間を記載すべき」と定めているが、それ以前に発行された証明書には期限が書かれていないものがある。その場合、期限切れではなく無期限として扱うのが NIST の立場である。失効は、NIST がその物質の値を支持する能力を失ったときに、証明書への透かし(watermark)によって宣言される。
ここに実務上の落とし穴がある。
- 「証明書に期限が書いていない=期限切れ」ではない。社内 SOP が「期限の記載がない標準物質は使用不可」と書いていると、有効な標準物質を捨てることになる。
- 一方で、失効は宣言されうる。1935x や 2035 のように、認証そのものが失効した例が実際にある。手元の証明書に期限が書かれていなくても、発行元のページを定期的に確認する必要がある。
- 保管条件が有効性の前提である。「証明書の指示に従って取り扱い・保管されている」ことが条件に明記されている。保管記録がなければ、この条件を満たしていることを示せない。
SRM 2034 の例は、この構造をよく表している。当初は期限の記載がなく、1996年までに10年の期限が設定され、2018年の実測研究によって30年へ延長された。有効期限は物質の性質から自動的に決まるのではなく、実測データによって設定され、更新される。
11. 再適格性評価はいつ必要か
一度適格と判定した装置を、いつ評価し直すのか。〈1058〉の記述から整理する。
必ず再評価が必要な事象
- 主要な修理の後(OQ の実施時期として明記)
- PQ 試験の規格を満たさなかったとき。同章は「装置が PQ 試験仕様を満たさない場合、保守または修理が必要になる。必要な保守または修理の後、関連する PQ 試験を繰り返して、装置が適格な状態にとどまることを確認すべきである」と書く
頻度をどう決めるか
Testing frequency depends on the ruggedness of the instrument and the criticality of the tests performed. Testing may be unscheduled—for example, each time the instrument is used. It may also be scheduled for regular intervals. Experience with the instrument can influence this decision. It may be useful to repeat the same PQ tests each time the instrument is used so that a history of the instrument's performance can be compiled. (試験の頻度は、装置の堅牢性と、実施される試験の重要度に依存する。試験は非定期でもよい ―― たとえば装置を使用するたびに。定期的な間隔でスケジュールしてもよい。装置についての経験がこの決定に影響しうる。装置を使用するたびに同じ PQ 試験を繰り返し、装置性能の履歴を蓄積できるようにすることは有用でありうる。)
ここで示されている考え方は3点に要約できる。
- 頻度に固定値はない。「年1回」は〈1058〉の要求ではなく、各施設が決めた運用である。
- 決定要因は2つ ―― 装置の堅牢性と、その試験の重要度。壊れにくい装置で重要度の低い試験なら間隔を空けてよく、逆なら詰める。この2軸を文書に書けるかどうかが、頻度の妥当性の根拠になる。
- 毎回同じ PQ 試験を繰り返して履歴を作ることが推奨されている。単発の合否より、時系列に価値があるという立場である。
そして同章は、システム適合性試験や品質管理チェックが、装置が適切に動作していることを「含意する(imply)」とも書いている。日常の SST は PQ そのものではないが、装置の状態についての情報を持っている。
モジュール式か一体式かという論点もある。
OQ tests can be modular or holistic. Modular testing of individual components of a system may facilitate interchanging of such components without requalification. (OQ 試験はモジュール式でも一体式でもよい。システムの個々の構成要素をモジュール式に試験しておけば、それらの構成要素を再適格性評価なしに交換しやすくなる。)
これは検出器やランプの交換が頻繁な分光装置で効いてくる。構成要素ごとに試験しておけば、部品交換のたびにシステム全体を評価し直さずに済む。逆に一体式の試験しか持っていなければ、部品ひとつの交換で全体をやり直すことになりうる。
そして〈1058〉は、OQ について重要な限定を置いている。
The extent of OQ testing that an instrument undergoes depends on its intended applications. Therefore, no specific OQ tests for any instrument or application are offered in this chapter. (装置が受ける OQ 試験の範囲は、その意図された用途に依存する。したがって本章は、いかなる装置・用途についても、具体的な OQ 試験を提示しない。)
〈1058〉は試験項目を決めてくれない。具体的な波長確度や吸光度確度の数値は、〈857〉や日本薬局方〈2.24〉のような技法ごとの一般試験法の側にある。〈1058〉が与えるのは枠組みだけである。この分担を取り違えると、「〈1058〉に従って適格性評価をした」という記録が、何を測ったのか分からないものになる。
なお、装置の移設やソフトウェアのアップグレードを再適格性評価のトリガーとして扱う運用は広く行われているが、これらを明示的に列挙した記述は、筆者が閲覧できた2008年版の本文中には見当たらなかった。IQ が「選定された環境」への設置と、その環境が装置にとって適していることの確立を含む以上、移設が IQ の前提を崩すことは論理的に導けるが、条文の直接の要求としては扱わないほうが正確である。
12. チェックリスト

ここは原典に基づく規定ではなく、1〜11節から導かれる実務上の整理である。
装置を導入するとき
- 買う前に要求仕様を文書化したか(DQ は購入前の活動、3節)
- 自分の用途から装置カテゴリを判断し、根拠を残したか(リストは例示、4節)
- PQ の判定基準を自分で定義したか。メーカー仕様の丸写しになっていないか(3節)
- OQ をモジュール式に組んだか。ランプや検出器の交換を見越しているか(11節)
- OQ の具体的な試験項目を、技法ごとの一般試験法から拾ってきたか(11節)
標準物質を扱うとき
- 使っている標準物質が、いまも発行元で認証されているか確認したか(6節。失効した例が実在する)
- 証明書に期限の記載がない場合の扱いを、SOP が正しく定義しているか(10節)
- 保管条件の記録があるか。無期限有効の前提条件である(10節)
- ホルミウムを使うなら、自分の装置の SBW に対応する認証値を使っているか(7節)
- 波長校正に適さないと明記された帯を使っていないか(8節、二次分類)
日常の運用で
- 合否だけでなく、認証値からのずれの絶対値を記録しているか(8節)
- 同じ PQ 試験を繰り返し、時系列を作っているか(11節)
- 「校正に出した」とき、調整が行われたのか、測っただけなのかを確認しているか(1節)
- 適格性評価の記録に、どの薬局方のどの版に対する適合かを書いているか(5節、9節)
まとめ
- バリデーションは「手順」に、適格性評価は「モノ」にかかる。校正と検証は、調整を行うかどうかで分かれる(1節)
- 信頼できるデータは4層でできている。装置適格性評価が土台、その上に分析法バリデーション、システム適合性試験、品質管理チェック試料。「校正済み」が保証するのは一番下の層の一部だけ(2節)
- DQ は購入前の活動。PQ だけが「ユーザーが定義した仕様」に照らす。適格化の最終責任は常にユーザーにある(3節)
- 紫外可視・赤外・近赤外・ラマンはすべて Group C。完全な適格性評価プロセスが適用される。ただし群分けはユーザーが決める(4節)
- 〈1058〉は現在改訂審議中。2008年初版 → 2017年現行版 → 2025年に AISQ への改称と3段階ライフサイクルが提案された(5節)
- NIST の標準物質は次々に販売終了している。930x・1930・2930 は販売終了、1935x と 2035 は認証そのものが失効。既存フィルターの再認証は継続(6節)
- ホルミウムの吸収帯位置は「内在標準」と宣言された。商品が消えても値は残る。認証値は 0.1〜3.0 nm を 0.1 nm 刻みの SBW ごとに与えられている(7節)
- U95(標準の不確かさ、約0.05 nm)より P95(よく整備された装置の1回の測定、約0.2 nm)のほうが4〜5倍大きい。薬局方の許容差はさらにその2.5〜10倍(8節)
- USP〈857〉は確度と精度を別々に、6回の繰り返しで判定する。2022年12月改訂で測光直線性の独立試験は削除された(9節)
- 証明書に期限の記載がなければ、NIST は無期限に有効とみなす。ただし保管条件の遵守が前提で、失効は宣言されうる(10節)
- 再評価の頻度は「装置の堅牢性」と「試験の重要度」で決まる。固定値の規定はない。〈1058〉は具体的な OQ 試験を提示しない(11節)
「その装置は校正済みです」に対して返すべき問いは、こうなる ―― どの標準物質で、いつ、どの版のどの規格に対して、調整を伴って行ったのか。そしてそのとき、認証値からのずれは何 nm だったのか。
用語集
- AIQ(分析装置適格性評価):装置がその意図された目的に適切に機能するという、文書化された証拠の集合。USP〈1058〉が定義する。
- DQ / IQ / OQ / PQ:適格性評価の4局面。それぞれ設計時・据付時・運転時・性能。「4Qs」と総称される。
- Group A / B / C:USP〈1058〉の装置カテゴリ。C が最も複雑で、分光装置はすべて C の例示に含まれる。
- SRM(Standard Reference Material):NIST が発行する標準物質。値が国家標準にトレーサブル。
- CRM(認証標準物質):認証書付きの標準物質。SRM は CRM の一種。
- 内在標準(intrinsic standard):値が特定のロットではなく物質そのものの性質として決まる標準。ホルミウムの吸収帯位置がこれにあたる。
- U95(拡張95 %信頼不確かさ):真の値がその区間に入る確からしさが約95 %。標準の側の不確かさ。
- P95(95 %信頼予測不確かさ):よく校正・整備された装置での1回の測定値がその区間に入る確からしさが約95 %。装置の側のばらつきを含む。
- SBW(スペクトルバンド幅):分光器から出る光の波長幅。広いとピークがなまり、位置がずれる。
- 中性濃度フィルター:波長によらずほぼ一定の割合で光を減衰させるフィルター。吸光度スケールの確認に使う。
- ジジム:ネオジムとプラセオジムの混合酸化物。可視から近赤外にかけて鋭い吸収を持ち、波長標準に使われる。
- GAMP 5:製薬業界のコンピュータ化システムバリデーションのガイド。〈1058〉の2017年版が参照先として採用している。
- PF(Pharmacopeial Forum):USP の改訂案を公示し意見を募る公開誌。
出典
- USP 31–NF 26 General Chapter 〈1058〉 Analytical Instrument Qualification(2008年8月1日公式化。Pharmacopeial Forum Vol. 32(6) p.1784)― Validation versus Qualification の定義、COMPONENTS OF DATA QUALITY の4層、DQ/IQ/OQ/PQ の逐語定義と Table 1(実施時期)、INSTRUMENT CATEGORIES の Group A/B/C と Group C の例示、ROLES AND RESPONSIBILITIES、PQ の試験頻度、Preventive Maintenance and Repairs、OQ のモジュール式/一体式と「具体的な OQ 試験を提示しない」旨。http://www.uspbpep.com/usp31/v31261/usp31nf26s1_c1058.asp(自由閲覧できるミラー。現行版は2017年8月1日公式化の改訂版)
- NIST, Traceability in Molecular Spectrophotometry(プログラムページ、最終更新 2025年3月26日)― SRM 930x / 1930 / 2930 / 2031x / 931x / 1935x / 2034 / 2035 / 2035x / 2036 / 2065 の内容と販売・認証状況、再認証の継続、製造中止の理由、トレーサビリティを特定の国家計量標準機関に限定すべきでないこと。https://www.nist.gov/programs-projects/traceability-molecular-spectrophotometry
- NIST Special Publication 260-192, "Thirty-Year Stability of Standard Reference Material® 2034 Holmium Oxide Solution Wavelength Standard for Spectrophotometry"(M. V. Smith, J. C. Travis, D. L. Duewer、2018年10月、22 pages、doi:10.6028/NIST.SP.260-192)― 1985〜2015年の製造、1996年までに設定された10年の有効期限、13ロット・30年の安定性研究、少なくとも30年への延長、2005年の多施設共同研究による内在標準の宣言、0.1〜3.0 nm を 0.1 nm 刻みの認証値、Table 4(0.8 nm SBW における内在吸収帯位置、U95、P95)とその脚注定義。https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/SpecialPublications/NIST.SP.260-192.pdf
- NIST, SRM FAQs ― 証明書に有効期間の記載がない場合の扱い(無期限に有効とみなす条件)、ISO 17034 / ISO 33401 との関係、失効の宣言方法。https://www.nist.gov/srm/faqs
- ECA Academy / GMP-compliance.org, "Proposed Update to USP 〈1058〉 on Analytical Instrument and System Qualification" ― PF 51(2) への公示、意見受付期限 2025年5月31日、2017年8月1日公式版に基づくこと、新章題 AISQ、3段階ライフサイクル(Stage 1 Specification and selection / Stage 2 Installation, performance qualification, and validation / Stage 3 Ongoing performance verification)。https://www.gmp-compliance.org/gmp-news/proposed-update-to-usp-1058-on-analytical-instrument-and-system-qualification
- ECA Academy / GMP-compliance.org, "In-process revision to USP 〈1058〉 – Analytical Instrument Qualification (AIQ)" ― 導入部へのリスクアセスメント/リスクマネジメントの追加、ソフトウェア参照先の GAMP 5 および GAMP Lab Systems Guide 第2版への更新、装置の計算の検証とユーザー定義プログラムの管理の追加、装置カテゴリの導入部への繰り上げ。https://www.gmp-compliance.org/gmp-news/in-process-revision-to-usp-1058-analytical-instrument-qualification-aiq
- Hellma, "United States Pharmacopeia (USP〈857〉)" ― USP〈857〉(USP 43版・2022年12月更新)の波長確度・精度、吸光度確度・精度、迷光試験の試薬と波長、推奨フィルター(ホルミウム/ジジム/セリウム)、分解能試験。https://www.hellma.com/en/calibration-standards/united-states-pharmacopeia-usp
- C. Burgess, J. P. Hammond, "Wavelength Standards for the Near-Infrared Spectral Region," Spectroscopy 22(4), 40–47 (2007) ― 近赤外の波長標準の種類(水銀アーク灯、水蒸気、NIST のガス標準、希土類ガラス、ポリスチレン、液体標準)と、トレーサビリティ確保の課題。https://www.spectroscopyonline.com/view/wavelength-standards-near-infrared-spectral-region
関連記事
- 分光法の全体像 ― 紫外可視・赤外・近赤外・ラマンの使い分け
- UV-Vis分光光度計の実務と日本薬局方〈2.24〉 ― 本記事8〜9節の波長・吸光度判定基準の、日本薬局方側の数値
- FTIR徹底解説 ― ポリスチレンによる波数・分解能試験と、薬局方ごとの合否の違い
- 近赤外分光(NIR)とPAT ― 装置性能の管理と、モデルのバリデーション
- ラマン分光徹底解説 ― 欧州薬局方 2.2.48 の装置要件
- ICH Q2(R2)・Q14 と分析法バリデーション ― 本記事2節の「4層のうち下から2番目」にあたる領域
未確認・本記事で扱わなかった事項
- USP〈1058〉現行版(2017年8月1日公式化)の本文。USP-NF の購読が必要で原文を確認できていない。本記事の逐語引用はすべて自由閲覧できる2008年版(USP 31–NF 26)による。
- USP〈857〉の原文。9節の数値は標準物質メーカー Hellma がまとめた表による。USP-NF 原文との一字一句の一致は確認していない。
- 欧州薬局方 2.2.25(紫外可視)の装置管理要求の数値。原典を確認できていないため扱っていない(UV-Vis の記事と同じ状態)。調査の過程で、ある二次資料が USP〈857〉の数値を Ph. Eur. 2.2.25 のものとして提示していたため、この2つの取り違えには特に注意が必要である。
- NIST の再認証サービスの正確な間隔。NIST 自身の記述が biannually と biennially で揺れており、確定できない(6節)。
- 装置の移設・ソフトウェアアップグレードを再適格性評価のトリガーとする明文規定。2008年版本文には見当たらなかった(11節)。
- AISQ 改訂案の本文。ECA Academy の解説による3段階の名称までを扱い、条文そのものは確認していない。GAMP 5 のソフトウェアカテゴリと Group A/B/C を対応づける記述や、日次・週次・月次といった具体的な点検スケジュールが調査資料中にあったが、いずれも出典が URL を持たない生成文書だったため採用していない。
制作メモ:ディープリサーチで論点と文献を収集し、編集側が USP〈1058〉本文、NIST のプログラムページと Special Publication 260-192、規制解説記事を原典で確認したうえで執筆した。数値・逐語引用はすべて原典で照合している。